39.猫のおもちゃ
なんだか話が逸れてしまった。
和坂さんが話を戻すべく、恐る恐る確認する。
「黒江さんは、普通の猫と同じで……狭いとこが、割と好きなんですよね?」
「好き……なのでしょうか? よくわかりません」
「嫌いだったら、タンスと壁の隙間とか、鞄、紙袋、抽斗、押入れ、段ボール箱……後えーっと、なんせ、自主的にそんな狭いとこに入りませんから」
俺も、念の為に確認してみる。
「巴先生は、俺たちがさっき挙げた状況で、黒江さんに『ここに入りなさい』って命令した訳じゃありませんよね?」
「はい。ご主人様は何も仰いませんでした」
……そんな命令出してたら、こっちがびっくりするよ。
巴先生は、それが猫の習性だってわかってるから、猫成分が入った魔法生物の黒江さんには、何も言わないんじゃないか、と思ったが、本人に言うのは、やめておくことにした。
代わりに別のことを聞いてみる。
「黒江さんって、猫形態の時は、猫用のおもちゃで遊んでますよね。楽しいんですか?」
「はい。この形で遊興に耽ることは、禁じられております」
微妙にズレた答えが返ってきたが、まぁいい。
黒江さんは猫形態の時、床に寝転んで、猫用のおもちゃに咬みついてブン回して放り投げたり、猫キックしたり、やりたい放題していた。
……あれが「遊興に耽る」状態……? 完全に猫じゃないか。って言うか、禁止されなきゃ、この姿でもやんのか。
「黒江さん、あのおもちゃ、大好きですもんね~」
元猫飼いの和坂さんが、にっこり微笑む。普通の猫なら、確かに微笑ましい光景だ。
普通の猫なら。
黒江さんもイイ笑顔で返す。
「はい。ご主人様より賜りましたネズミは、私の宝物です」
ネズミ……?
黒江さんの宝物は、太めのモールみたいな感じで、ちょっと毛足の長い尻尾型のおもちゃだ。しかも、色が緑。
こんなネズミ、居てたまるか。
少なくとも、俺の目には、ネズミ型に見えたことがない。
質問する国包の声が少し震える。
「黒江さん……あれ、ネズミなんですか?」
「ネズミですよ」
黒江さんは、何を当たり前のことを聞くのです? と言いたげな顔で答えたが、国包の目にも、やはりあれはネズミに見えないようだ。
俺はちょっと安心した。
黒江さんは、その「宝物」を壊しまくってる。
俺が知ってるだけでも、最低五つは壊していて、巴先生はその度に、ネット通販で新しいおもちゃを買い与えていた。
猫用のおもちゃは消耗品だ。
うちの松太郎も、ちょっと高い羽付きの猫じゃらしを秒殺してくれた。
それはわかってる。
わかってるけど、黒江さんの価値観はやっぱり猫だ。
「三田さんの猫は、ネズミで遊ばないのですか?」
「ネズミ遊び……うちは田舎ですから、遊びじゃなくて本気の鼠狩りですよ。家で遊ぶおもちゃは、猫じゃらし系が好きですね」
「ほほう……猫じゃらしですか。それで、どのように遊ぶのですか?」
他所ん家の猫の遊び方に興味を持ってしまった。
これ、ひょっとして、巴先生の出費が増えるフラグだろうか。
俺は、どう言えば、巴先生の懐を痛めずに済むか、少し考えて口を開いた。




