38.猫と紙袋
うちの松太郎は、段ボールより紙袋派だ。
手頃な大きさの紙袋を床に放置してやると、いそいそとやって来て、ひとしきり匂いを嗅いでから中に入る。
横倒しの紙袋に入る途中、把手が尻尾に当たる。
「今の何だッ?」って凄い勢いで振り返る。
すると今度は、尻尾が紙袋の底に当たって、ガサッと音が立つ。
「今度は何だッ?」って凄い勢いで振り返る。
するとまた、尻尾が把手に当たって……以下ループ。
紙袋内でぐるぐる回って一人遊びしている。
疲れたら、紙袋の中で丸くなって寝るけど、人が傍を通ったら、凄い勢いで足に飛びついて来る。
人間が「うひゃあッ!」とか言って驚くと、「してやったり」みたいな顔でニヤニヤして、再び紙袋に潜むのだ。
こっちは松太郎が入っているのを知ってるから、驚くフリをしている訳だが、奴は満足そうにしている。
だが、紙袋の把手を掴んで持ち上げると、必死の形相で飛び出してくる。
「単純に、狭ければいいと言うものではありません。居心地や、ご主人様のお顔が見えるかどうかなど、重要な要素は別にあります」
「じゃあ、段ボール箱と猫ベッド、どっちがいいですか? 大きさは同じで」
国包が、猫が「猫ベッドが入っていた配送用の段ボール箱」に入ってドヤ顔している画像をタブレットに表示させた。
……犬派なのに、何でそんな画像、持ってるんだよ。
黒江さんは画像を一瞥し、馬鹿馬鹿しいと言いたげに鼻を鳴らした。
「おわかりになりませんか?」
「なっ……何で鼻で笑われなきゃなんないんですかッ?」
渾身の猫画像だったのか、国包は割と本気で焦っていた。
黒江さんに代わって、猫派の二人で解説する。
「あぁ、それな。箱の方がわかりやすく居心地よかっただけだよ」
「新品のベッドって、匂いとかが気に入らなくて、なかなか使ってくれないの」
「警戒心の強い奴は、新しい物の存在自体、怖がって近寄らないし」
「段ボール箱は色んなのを見て、慣れてるから、取敢えず入ってみたんでしょうね」
俺たち二人の説明で、黒江さんは満足そうに頷いた。
「犬は、段ボール箱に入ったりしないのか?」
俺は国包に、犬の話題を振ってみた。
「匂いは嗅ぐけど、入らないなぁ……それが、どうかした?」
「どうって……犬小屋も割と狭いだろ?」
「あぁ……それは、置き場所の都合で……」
犬の習性って訳じゃなかったのか。
「でもまぁ、俺や家族が与える物は、何の疑問もなく受け入れることが多いなぁ」
「文句言わないんだ?」
「ご主人様がお与えくださる物に文句を言うなど、言語道断です!」
「黒江さん、猫じゃなかったんですか?」
驚いた和坂さんが、素で突っ込んだ。
執事形態の黒江さんは、それがどうしました? と言いたげな顔で、小首を傾げた。
気を取り直した国包が話を続ける。
「……うん、まぁ、うちの犬、無頓着と言うか、何と言うか……」
「大物なんだ?」
「大物かなぁ? 雀が入り込んでもあんまり気にしないし、細かいこと気にしないだけなんじゃないかなぁ」
「犬って割と縄張りを気にすると思ってたんだけど、国包君ちのわんこ、心広いのねぇ」
飼い犬を褒められた国包が、照れ笑いする。
怪訝な顔の黒江さんが、鼻の下を伸ばす国包に疑問を呈した。
「犬は、雀を獲らないのですか? それが、褒められたことになるのですか?」
国包が表情を引き締め、余計な口を挟んだ魔法生物に答える。
「犬は基本的に群で狩りをするんで、単独で鳥類を獲るのは難しいと思いますよ。スペック的に」
「左様でございますか。それと、自分の縄張りに侵入した不埒な雀を追い払わぬこととの関連性は、どのようなものでしょう?」
「……雀……雀は、多分、小さ過ぎて脅威にならないからじゃないかと思います」
国包は言いながらタブレットを操作し、ウチのコ画像を出してきた。
黒江さんと猫派二人が覗き込む。
……スゲー大型犬。
犬には詳しくないので、犬種はわからない。土佐闘犬やマスチフをダックスフント色にしたみたいな犬だ。
黒江さんがポツリと呟く。
「ふむ……ポテ子と同じ犬ですね」
「ぽてこ?」
ゼミ生三人が聞き返す。
「ご主人様のお住まいの番犬です」
「巴先生も、犬、飼ってるんだ?」
「なんて言う犬種?」
和坂さんと俺は、思わず、同時に聞いてしまった。
「ご主人様の犬ではございません。ポテ子の世話は、主に政治さんがしております。ロットワイラーと言う種類です」
黒江さんはちゃんと答えてくれた。
「へぇ~。巴先生のお兄さんの犬なんですか」
「はい。ご主人様には、私めが居りますので、番犬など不要です」
執事形態の使い魔が、和坂さんの言葉に胸を張った。
……猫なのに、番犬と張り合う気か。
不意に犬飼いの国包が、真剣な面持ちで俺に向き直った。
「さっきから聞いてると、三田って猫に酷い目に遭わされてばっかみたいなんだけど、イヤになったりしないのか?」
「思うワケないだろ。『かわいいから許す』それだけだ」
「そう思えない人は、猫の飼い主に向いてないからね~」
俺と和坂さん、二人の猫派の答えに、国包は驚いた顔のまま、こくこく頷いた。




