37.猫と狭所
「あれっ? でも、猫って狭いとこ好きですよね?」
犬飼いの国包が意外そうに聞いた。黒江さんは国包の目をじっと見つめ返し、黙っている。
緊張感に耐え切れず、国包は猫飼い二人に視線で助けを求めながら、黒江さんに聞いた。
「あ……あの、俺、何かマズいこと、聞きました?」
「黒江さん、ひょっとして、狭いとこ、嫌いなんですか?」
俺も、思い切って聞いてみた。
大抵の猫は、こたつが大好きだ。
うちの松太郎も、冬になると入り浸っている。
黒江さんがこたつに入らないってことは、こたつに何かイヤな思い出があるのか、狭い場所が元々好きではない可能性が考えられる。
執事姿の魔法生物は、少し考えて答えた。
「……いいえ。狭い場所に居りますと、確かに落ち着きます。ですが、その場所が好きか嫌いか……と尋ねられますと、自分でも、よくわかりません」
「狭いとこで落ち着くってことは、やっぱり、好きなんじゃありませんか?」
元猫飼いの和坂さんが、軽く首を傾げながら聞く。
その問いに首を傾げ返して、魔法生物は自信なさそうに答えた。
「私は、ご主人様の下僕となる前は、瓶の中に居りました。瓶の中は落ち着く場所でしたが、ずっと外へ出たいと思っておりました」
この魔法生物を制作した【深淵の雲雀】学派の魔法使いは、何か事情があって、完成直後からずっと瓶の中に封印していたらしい。
誰かの使い魔にする為に作ったのに、何故、何百年も未使用で保管していたのかは、わからない。
……巴先生の顔が見えないから、こたつに入らない……あ! そう言うことか……
「黒江さんは、一人ぼっちで瓶の中に居て、ずっと寂しかったから、狭いとこ好きな性質と、寂しかった記憶が相殺されて、好きか嫌いか、わからなくなってるんじゃありませんか?」
魔法生物は、猫が驚いたような顔で俺を見て、何か言いかけた。
適切な言葉が見つからなかったのか、結局、何も言わずに口を閉ざした。
「まぁ、巴先生も、黒江さんにヘンなとこ入り込まれなくていいし、別にいいんじゃありませんか?」
重くなりかけた空気を、和坂さんが変えてくれた。
「変な所……とおっしゃいますと?」
「タンスと壁の隙間に入って埃塗れになったり、押入れ勝手に開けて中で寝て、俺が知らずに襖を閉めたら、起きて大騒ぎしてみたり……」
「人が洗濯物を片付けてる最中に、タンスの抽斗に入ったり、荷造りしてる時に宅配の段ボール箱に入ったり……」
俺と和坂さんが、指折り数えながら言う度に、黒江さんがビクリと身を竦ませる。
……もしかしなくても、全部、経験済み?
「持って行こうとしてる鞄に隠れてて、鞄を持ち上げたら、びっくりして飛び出して来たり……」
「捨てようと思ってた紙袋で、出たり入ったりして遊んでたり……」
更に数え上げる俺たちに、黒江さんは深々と頭を下げた。
「ご慧眼、恐れ入ります。お二方は何故、ご存知なのでしょう?」
「何故って……」
「一通り、うちの猫にされましたから」
俺と和坂さんは顔を見合わせ、黒江さんに向き直った。
「やっぱり、黒江さんは狭いとこ、大好きなんですよ」
「猫と言えば、段ボール箱だと思ってたんですけど、狭けりゃ何でもいいんですか?」
解せぬと言いたげな黒江さんに、犬飼いの国包が呆れ顔で質問した。
執事形態の魔法生物は、首を横に振った。




