35.猫とこたつ
「人間も、猫のことがよくわかってないから、あんな歌ができるんですよ」
「あんな歌とは、どのような歌ですか?」
「ん? 現実の猫は、こたつで丸くなんてなりませんから」
俺の説明に、黒江さんは更に首を捻った。
黒江さんが、例の歌を知らないことに気付き、ゼミ生三人は顔を見合わせた。
あの歌を教えると、また斜め上に解釈して、面倒なことになりそうだ。
俺たちは目で語り、誤魔化すことに決めた。
「本物の猫は、こたつで長くなるんですよ」
「猫が長くなる?」
和坂さんの言葉に、黒江さんだけでなく、犬飼いの国包も驚いて声を上げた。
「伸びるんですよ。びろ~んって。こたつの中って、あったかくて、丁度いい狭さだから、猫にとっては天国みたいな場所なんですよ」
「それでは、猫の体長は、元の何倍くらいになるのでしょう?」
半笑いで言った和坂さんに、黒江さんは不安げに質問する。
元猫飼いの女子大生は一瞬、しまった、と言う顔をしたが、すぐに落ち着いた声で説明した。
「身長自体は伸びません。だから、黒江さんもこたつの中で背を伸ばさなくていいです。普通の猫って、寒いと体を丸めて、なるべく熱を逃がさないポーズになるんですよ。で、こたつの中はあったかいから、熱を放出しやすいポーズになるんです」
国包が、俺の疑問と同じ質問をした。
「黒江さんは、暑さや寒さは感じないんですか?」
「気温の変化はわかりますよ」
「猫形態の時、寒かったらどうしてるんですか?」
「ご主人様の腕に抱かれております」
執事形態の使い魔が、渋い声で答えた。
一瞬、現在の姿で想像しそうになり、慌てて猫形態に修正する。
実際、もふもふの黒猫が、巴准教授にだっこされて、ゴロゴロ喉を鳴らしている姿は、何度も目撃している。
「巴先生の家には、こたつ……ないんですか?」
巴先生はムルティフローラ王国の王子様だ。
冗談みたいだが本当のことで、どんな家に住んでいるのか、庶民の俺たちには想像もつかない。
「いいえ。和室にひとつ、置いてあります」
「あるんだ?」
ゼミ生三人は漠然と、お城のような家を想像していたので、そっちの方に驚いた。
だが、冷静に考えると、巴先生はこの国で生まれ育った人だ。
何代も前に一人、王家の血筋が入っただけで、その後の世代はずっと、この日之本帝国在住だ。
流石に安アパートってことはないだろうが、家屋自体は、この国にありがちな普通の家なのかもしれない。
黒猫がこたつの中で伸びて、ぬくぬくしている姿を想像し、俺は聞いてみた。
「じゃあ、黒江さんも猫形態の時、こたつに入ったこと、ありますよね?」
「いいえ。私は、ご主人様のお顔の見えない場所には参りません」
黒江さんが、何を当たり前のことを聞くのか、と言いたげな顔をした。
犬飼いの国包が、反射的に聞く。
「えっ? それは……その……寒くても、こたつに入らないってことですか?」
「こたつの中で顔は見えなくても、先生の足は見えますよ?」
「うちの猫、俺の足を枕にしてこたつで寝てたりしますよ?」
黒江さんは、猫派の二人に「お分かりになりませんか」みたいな顔をして、首を横に振った。
……何で「わかってねーな」扱いなんだ?
俺は構わず、こたつ内に於ける松太郎の行動を語った。
「毛繕いのつもりか知らないけど、こたつの中で俺の足を抱えて、なめて、なめて、なめて、何故かいきなり、猫キックしてみたり……」
「私はご主人様を蹴飛ばしたりなど致しません。何故、三田さんの猫は蹴るのですか?」
「俺にもわかりませんよ」
「猫がリラックスしてびろ~んって伸びて、人間が足を入れる余地がなかったりもします。で、こたつに足を入れたら、いきなり飛びついてきて、猫キックされることもありますね。のぼせるまで出てきませんし」
元猫飼いの和坂さんが、猫飼いにありがちな経験を語った。
「何それ? こたつが猫の陣地になってんの?」
国包が、ここぞとばかり、和坂さんに話し掛ける。
和坂さんと俺は、猫がこたつでドヤ顔しているのが当たり前だったので、その発想はなかった。
ちょっと考えて、猫派二人で答える。
「ん~……あれかな? 足だけだと、何か別のものに見えちゃうとか?」
「でも、知ってる人の匂いがするから、一応、手加減はする……みたいな?」
「正確な理由は不明なのですか?」
「黒江さん、正確な理由を知ってどうするんですか? 実行するんですか?」
「はい。本物の猫が全員そうするのでしたら、私も是非、こたつ内に侵入し、人間の足をなめたり蹴ったり……」
「しなくていいです」
ゼミ生三人の声が揃った。




