34.猫のモラル
「こたつの上のリモコンを落としていました。それだけなんですけどね、猫の中では何故か、『こたつの上に乗っている物を落とすのは、許されざる大罪』みたいになってたんです」
「なんだそりゃ?」
「わからん。……でも、その後も相変わらず、こたつに何も乗っていなければ、人間が見てる前でも堂々とこたつの上に乗るんですよ」
「下ろしても下ろしても、乗るんですよね」
和坂さんがニヤリと笑う。
俺は頷いて、黒江さんを見た。首を傾げている。
「猫の中では『何も乗っていないこたつには、乗ってもいい』ことになってたみたいなんです。俺たち家族は、いつでも同じように叱ってるんですけどね」
「その時だけじゃなくて、みんながお留守の時に、こっそり『物が乗ってるこたつ』に乗ってたんでしょうね」
俺の言葉を和坂さんが先回りして言った。
「うん。だけど、物を落としたら、乗ってたのがバレるから、焦ってたんだろうなぁ……」
松太郎は、俺の追及を逃れるべく、耳を伏せて体を斜めに捩りながら、肩で畳の上を滑走して逃げて行った。
俺は、ズザザーッと音を立てて逃げる松太郎を敢えて追わず、見送った。
ヘンなポーズで逃走を図るくらいビビるんなら、禁止されてることをやんなきゃいいんだ。
それだけ因果関係がわかるのに、何故そこまでして、こたつに乗りたがるのか。
そんな訳で、我が家のこたつには、常に何かを乗せることになった。
黒江さんは、ここまで聞いても話が見えないのか、首を傾げている。
「つまり、やっていいことと悪いことの基準が、人間と猫では、大きく異なるんですよ!」
俺が力強く結論を述べると、黒江さんは背筋を伸ばして固まった。
内容を正しく理解できているかどうかわからないが、続ける。
「黒江さんは、人間より猫に近い判断をしてるんです」
黒江さんが息を呑み、琥珀色の瞳が猫のように細くなる。
……やっぱり、この魔法生物は猫成分が多い。絶対、原材料に猫を使ったに違いない。
流石に可哀そうなので、「猫にでもわかることがわかっていない」件については、明言を避けた。
だが、伝わったらしい。
「……それは、私が、ご主人様のご命令を、正しく、理解できていない……と、言う…………?」
黒江さんが蒼白な顔で震える。声がだんだん小さくなって、語尾は消えてしまった。
残酷なようだが、現状をきちんと理解させなければ、黒江さんのスペックでは、斜め上な解釈のせいで、死者が出かねない。
巴先生は黒江さんに「人間や鳥や動物を殺傷すること」を禁止している。
但し、例外として、巴先生や黒江さん自身を守る為に「相手が死なない程度に反撃すること」は許可していた。
自衛の為の反撃とは言え「本当の姿」準拠のパワーで殴られたら、普通の人間は一撃でミンチになってしまう。
国包が残念そうに首を振った。
「ちゃんとわかる時もあるけど、わかってない時もありますね」
「ま、人間も、猫の言葉を正確に理解できてるわけじゃありませんから、そんな深刻な顔しなくていいですよ」
「巴先生以外の人……巴先生のご家族や、双羽さんの言うことには、ある程度、従った方がいいんじゃないかなって思いますけど」
俺がなるべく気楽な調子で言い、和坂さんがやんわり釘を刺す。
黒江さんは、信じられないものを見る目で俺たちを見回した。
「私に、ご主人様以外の人間の命令に従え……とおっしゃるのですか?」
「さっき言った、双羽さんたちの躾は、命令じゃありませんけど、従った方が巴先生にとってもいいことなんです。詳しくは、巴先生に確認してください」
ここであんまり細かい指示を出しても、却って混乱しそうなので、一旦置くことにした。




