33.猫の理論
「……うちの猫も、なんか、色々と斜め上の解釈をしてくれるんですよ」
「……」
黒江さんの返事はないが、俺は続けた。
「実家では、居間のこたつで食事するんです。夏はこたつ布団を外して、普通のテーブルとして使ってます」
「うん。うちの祖母ちゃんちもそうだな」
国包が相槌を打った。
「で、人間の食事中、猫がこたつに乗らないように、躾た話は、さっきしましたよね」
黒江さんは上目遣いで俺を見たが、話が見えてこないようで、怪訝な顔をしている。
元猫飼いの和坂さんは、ピンと来たようで、無言で小さく顎を引いた。
「威嚇した結果、猫は食事中、こたつの上に乗ることはなくなりました」
「それで通じるんだから、すごいよな」
犬飼いの国包が感心する。
黒江さんは、不審物を見るような警戒心いっぱいの目で、俺を見ていた。
「俺たち家族は、猫にいついかなる時も、こたつの上に乗って欲しくないんです」
「何故ですか? 私も、研究室やご主人様の書斎の机に乗ってはならないのでしょうか?」
黒江さんが不安げに聞く。
ゼミ生三人は顔を見合わせ、和坂さんが優しい声で言って聞かせた。
「それは、巴先生の判断によります。私たちが見た感じ、大丈夫っぽいですよ」
「大丈夫でしょうか?」
「邪魔な時は、巴先生って、黒江さんをお膝の上でだっこしますよね?」
国包が「机の上の猫は、作業の邪魔になるので除けられ、だっこされる」と言う、非情な事実を告げる。
黒江さんは驚愕に全身を強張らせ、脂汗を垂らし始めた。
人間側から見れば当たり前のことだが、やはりショックだったらしい。
「俺の実家のこたつは、『いつでも猫に乗って欲しくない場所』なんで、食事中以外も、猫が乗ってたら降ろして『メッ!』してます。だっこしません」
「逆に言えば、巴先生の机は、邪魔にならない時なら、乗ってもいいってことだと思いますよ」
俺の説明に続いて、和坂さんが、ひきつった笑顔でフォローする。
黒江さんは少し肩の力を抜いたが、相変わらず顔は緊張したままだ。五十代後半くらいに見える渋いおっさんがそんな顔をすると、ちょっと怖い。
「そうやって何度も、こたつに乗った猫を下して『メッ!』を繰り返していると、だんだんわかってきたのか、乗らなくなってきました」
「あ、猫でも覚えるんだ」
「わかってても、やるんだけどな」
一言余計な国包に答え、黒江さんを見る。不安げに揺れる琥珀色の瞳と視線がぶつかった。
俺は敵意がないことを示す為、作業机に視線をずらし、話を続けた。
「うちの猫は、何をどう間違って解釈したのか、『こたつの上に何か物が乗っている時』は、こたつに乗らなくなりました」
「何か物って?」
「テレビのリモコンとか、ミカンとか、湯呑みとか……」
「あぁ、ホントに何か、なんだ」
「いつだったか、俺が帰ったら、猫が玄関に出迎えに来なかったんですよ」
「三田さんの猫も、いつもはお出迎えなさるのですか?」
黒江さんが、少し嬉しそうに顔を上げた。
「はい。いつもは、誰か家族が帰ったら、尻尾をピンと立てて玄関まで走って来て、だっこを要求するんです。でも……」
「でも?」
国包が先を促す。
「その日は出て来なくて、寝てるのかと思ったら、居間で起きてて、俺と目が合ったら『ヤベッ』って顔したんですよ」
「なんか、スゲーわかりやすいリアクションだな……」
「うん。で、『お、俺、何も知らねーし!』みたいな感じで目を泳がせて、挙動不審になってるから、何やらかしてくれたんだろうと思って、居間を確認したんですよ」
三人がゴクリと生唾を飲み込む。




