32.猫の手
「うちの猫は、さっきのイタ電、一回叱れば二度としなくなりましたけど、黒江さんって、四人に叱られてもやめないって、どうしてですか?」
……ん? 高いのは語学力だけで、物事の因果関係に関する学習能力は、低いのか?
俺がそんなことを思っていると、執事姿の使い魔は、当たり前のことを口にした。
「私は、ご主人様のお役に立ちたいのです」
「はい。知ってます」
俺たちゼミ生は、三人同時に頷いた。
この執事のフリをした魔法生物は、巴准教授の使い魔だ。魔術的な契約により、主の命令には、絶対服従を強いられる。
一般的には「命令への服従を強いる」契約らしいが、この魔法生物は、嬉々として命令に従っている。
異界から召喚した魔物と、人工的に造られた魔法生物では、使い魔の主従契約に対する考え方が違うのだろう。
暇を持て余すと、「ご主人様、何かご用はございませんか?」などとしつこく聞いて、巴准教授にウザがられている。
「私は、ご主人様のお役に立ちたいのです」
使い魔は同じ言葉を繰り返した。
和坂さんが首を傾げる。
「それとこれとが、どう繋がるんですか?」
「お分かりになりませんか?」
年配の執事は、やれやれと言った風情で肩を竦め、わざとらしく溜め息を吐いてみせた。
……どこでこんな仕草を覚えてくるんだよ。
「他の皆さんに何と言われようとも、私は、ご主人様のお役に立ちたいのです」
「でも結局、巴先生にとって迷惑だったから、禁止令を出されたんですよね?」
国包が容赦なく突っ込んだ。
この使い魔は、普通の生物ではないからなのか何なのか、猫にでもわかることが理解できなかったりする。
猫形態の時に電話に出ようとして、家人に四人掛かりで「メッ!」されてもやめないとか、相当重症だ。
「……」
紳士然とした執事が、言葉を失って俯く。プロレスラー並のゴツい肉体が、縮んで見えるくらい、しょげてしまった。
犬飼いの国包が、流石に言い過ぎたか、とフォローの言葉を探し、目を泳がせる。
俺も考えてみたが、考えれば考える程、うちの松太郎がやらかした数々のイタズラばかりが思い浮かんでしまう。
和坂さんも同様なのか、難しい顔で考え込んでいる。
研究室に重苦しい沈黙が下りた。
電話は掛かってこない。




