28.猫と布団
「……まぁ、かわいいから許せるんですけどね」
「左様でございますか」
俺の言葉に、黒江さんはホッと息を吐き、分厚い胸板を撫で下ろした。
国包が、ふと思いついた問いをポロリとこぼした。
「猫がわざわざ起こしに来るって……一緒に寝てないのか?」
「寝てたよ」
「実家にいる時は、一緒に寝てるなぁ」
元猫飼いの和坂さんは過去形、俺は条件付きの現在形で答えた。
それを聞いた国包は、ますます訳が分からないと言いたげな顔で、問いを重ねた。
「何で一緒に寝てんのに、起こしに来るんだ?」
「それがわかれば、睡眠不足になんかならない」
「ねー」
猫派同士で分かり合う俺たちに、犬派の国包が悔しげな目を向ける。
「うちの猫は、布団の上乗り派なんだ」
「うちのコは、中に入る派だったよー」
「何それ?」
犬は外飼い派の国包が首を傾げる。
「うちの猫は、布団に入れてもすぐに出るんだ。どれだけ寒くてもな。で、布団の上……俺の腹や胸の上で丸くなったり、香箱を組んだりするんだ」
「重くないか?」
「五キロの米袋を腹や胸の上に縦置きすればわかるぞ。あ、時々、首とか顔面にも乗る。寝られるかどうか、ちょっとやってみれば?」
「やらなくてもわかる!」
因みに、松太郎の体重は丁度そのくらいある。
ある夜、実家で寝ていたら、俺の胸の上で見知らぬ老婆が正座し、顔を覗き込んでいた。表情は全くわからない。
何か言っているようだが、内容までは聞き取れなかった。
金縛りと言うものなのか、全く身動きできない。
恐怖と焦りで脂汗が滲むが、声も出せなかった。
全力で頑張って目を開くと、目覚まし時計は丑三つ時。
胸の上に居たのは、見知らぬ老婆の亡霊ではなく、すやすや寝息を立てる松太郎。
「おまえかあぁあぁぁッ!」
安堵と同時に言い知れぬ怒りがこみ上げ、俺の胸の上で丸くなっていた松太郎をむんずと掴んで、布団に引きずり込んでやった。
松太郎はすぐ布団から這い出し、『も~寝てたのに~』みたいな被害者面で俺を見て、足元で丸くなって二度寝した。
「あの……黒江さんは、夜って、どうしてます?」
「毎晩、ご主人様の腕に抱かれて、寝ております」
国包の質問に、澄まし顔で答えた黒江さんは、年配の執事の姿をしている。
髪は黒々としているが、彫の深い顔には皺が刻まれ、猫を思わせる琥珀色の瞳が、異国の気配を漂わせている。
ゴツイ長身を、上質な黒いダブルのスーツで包み、落ち着いて丁寧な物腰は、そつなく紳士的で、飽くまでも上品だ。
この「おじさまの魅力」を凝縮したような燻し銀系の男前は、正体を知らない他学部の女子大生に大人気だ。
魔道学部の女子は、教科書で正体を知っているので、あまりそう言う関心がない。ファンでも、猫形態クロ派と執事形態黒江派に分かれている。
黒江さんのご主人様……巴准教授は、本物の王子様だ。
巴准教授が持つ黒山羊の杖は、ムルティフローラ王族の中でも、「三界の眼」と言う特別な能力を持つ者の証だ。
その杖をいつも持ち歩いている。
このことは、魔道学部や魔術の知識がある者なら、公然の秘密と言うか、巴准教授や護衛の双羽さんは、特に隠す気がないらしい。
巴宗教と言う名は、日之本帝国で生活する為の便宜上の名で、魔法使いとしての真名は別にある。
何代か前に、ムルティフローラの王女が、日之本帝国の政府高官に降嫁した。
その後、国の都合で、王女は離婚させられた。夫と子供は日之本帝国に残され、その血統は今も、この国に残っている。
それが、巴准教授の家系だ。
間に何代も日之本帝国人の血が入っているが、巴准教授の彫が深く整った顔立ちには、日之本帝国人の特徴はない。
麦藁色の髪で、瞳は灰色がかった淡い青、肌が白く、身長も日之本人の平均を越えている。
内臓の障碍のせいか、声変わりしていないので、電話で声だけ聞いた人には、女の子と間違われる。
病弱で、とても細身。上着の袖やズボンが、だぶだぶに余るくらい、手足が細い。
だが、やはり本物の王子様で、イケメンだ。
学部の内外を問わず、女子大生の人気を集めている。
その人気は「絶対に手が届かない存在で、絶対にセクハラしないから、安心して鑑賞できる」という意味で、SNSを中心に隠し取り写真が、こっそりと言いつつ、おおっぴらに出回っているらしい。
ナマで会うことのない学外の方が、熱烈なファンが多いらしい。
「毎晩、ご主人様の腕に抱かれて、寝ております」
この答えを、何も知らないそれぞれのファンが聞いたら、卒倒するだろう。いろんな意味で。




