25.猫のお仕事
「国包さん、私は何か、おかしなことを申しましたか?」
笑い袋と化した国包は、大真面目に質問する黒江さんを見て、窒息寸前。なんとか堪えようと、耳まで真っ赤にしているが、笑いは止まらない。
苦み走った男前の執事は、自分が何かヘマをして笑われていると思ったのか、しょんぼりしている。
現猫飼いの俺は、執事に化けた使い魔の自尊心を回復すべく、なるべく優しい声で言った。
「大丈夫です。猫としては一切、おかしなこと、言っていませんよ」
「そうですか」
俺の猫撫で声に、黒江さんはホッとして、やわらかな笑顔になった。
この執事スマイルには、密かにファンがついている。
主なファン層は、他学部の女子学生だ。
黒江さんの正体が、体長五メートルくらいの悪魔っぽい魔法生物だと知ったら、彼女らはどんな顔をするだろう。
黒江さんが、猫呼ばわりに腹を立てないのは、本当の姿にかなり猫成分が入っているからなのか。
魔法生物の製法は、ロストテクノロジーなので、黒江さんの原材料に本物の黒猫が入っていたかどうかはわからない。
でも、なんとなく、入っていたんじゃないかと言う気がしてきた。
「そう言えば、犬って色んな仕事してるけど、普通の猫で仕事してるのって、あんまりいないよな」
平常心を取り戻した犬飼いの国包が、余計なことを言い出したので、俺はすかさず突っ込んだ。
「客寄せが業務内容の駅長とか、カフェの店員とか、ウイスキーの蔵でネズミ取りとか、色々あるだろう」
和坂さんも、黒江さんの猫っぽい眼を見ながら言う。
「黒江さんは普通の猫じゃありませんから、ちゃんと巴先生のお仕事、手伝えてますよ」
「ふむ……駅長とカフェ店員とネズミ取りですか。私も、現在の業務にそれらを加えた方が……」
「加えなくていいです!」
ゼミ生三人の声がひとつになった。
本当は猫じゃないのに、何で猫の仕事にヤル気を出すのか。
「巴先生は、大学の准教授ですよ」
「だから、講義を手伝ったり、家の用事を手伝ったり、巴先生の介助をしたり、今まで通りのお仕事を頑張ってください」
和坂さんと俺の言葉に、黒江さんは困惑の色を浮かべた。
「ですが、お茶の淹れ方をもっと……」
「あ、カフェの猫店員は、お茶淹れませんから。あれは『かわいい』がお仕事なんで」
「ふむ……先程もご説明いただいた『カワイイのおシゴト』ですね」
俺の言葉に執事が重々しく頷く。
「三田さんの家の猫は、カワイイ以外のお仕事は、なさってらっしゃらないのですか?」
「う~ん……ネズミや害虫を駆除してくれることがあるから、酒造会社の猫と似た仕事はしてる……のかな」
「ほほう……ならば、私も……」
「でも、それは、俺の実家が農家で、収穫物を守らなきゃいけないからなんで、巴先生の家では必要ない業務ですよ。……多分」
俺は、瞳を猫っぽく輝かせた使い魔に、すかさず釘を刺した。
この使い魔には、Gを捕殺した直後の口で、猫にチューされる人間の気持ちは、一生わからないに違いない。




