20.猫はハンター
「猫は単独行動のハンターで、攻撃手段は牙の他に、爪もあるんですよ。だから、犬より手が器用に動くんじゃないかと思います」
俺がスルーしようとした件を和坂さんは、丁寧に説明し始めた。
黒江さんは自分の掌から顔を上げ、琥珀色の眼で和坂さんをじっと見詰める。
「で、猫がその手で獲ってきた獲物を……プレゼントしてくれたりするんですよね……」
元猫飼いの和坂さんが、遠い目をして語った。
「猫は、飼い主に贈り物をするのですか。それは、どのようなものですか?」
年配の執事が真剣な表情で、女子大生にそんなことを質問する構図は、冷静に考えると、なんだか妙な感じだ。
でも、黒江さんは、そんなこと気にしない。
自分が知らなかった新事実に、猫みたいな琥珀色の瞳を輝かせている。
「私がうちのコからもらったのは……」
「あ、黒江さん。先に言っておきますけど、俺たちが今から言う物は、巴先生にプレゼントしちゃダメです」
「ご主人様に贈り物をしてはならないのですか? 他の猫は、しているのですよね?」
俺が先回りして釘を刺すと、黒江さんは怪訝な顔で首を傾げ、犬飼いの国包もそれに倣った。
……やる気満々だったのか。って言うか、黒江さんはそもそも、本物の猫じゃないし。
和坂さんが、俺の言葉にこくりと頷いて、話を続ける。
「……猫の獲物は、虫とか小動物とかなんです。私がもらったプレゼントは、ハエとゴキブリと蛾とセミとヤモリと、猫用の玩具の残骸でした」
「ダメ! ゼッタイ!」
国包が首をぶんぶん振り、胸の前で手を交差させてバツ印を作った。
俺も具体例を挙げる。
「俺の実家は田舎で、猫が家と外を自由に出入りできるんで、獲物の種類も豊富です。今までにもらったのは、ネズミと鳩と雀と、ヤマカガシとアオダイショウと、モグラとトカゲと、セミとカマキリと、何か汚いビニール紐でした」
「お二方が列挙なさった物は、贈答品に不向きなのですね?」
黒江さんは、ちょっと残念そうな顔で俺たちに確認した。
この魔法生物の価値観は、人間よりも、猫に近いらしい。
……贈答品に不向きどころか、ぶっちゃけ、いらねーよ。
和坂さんが、もらった時の困惑を思い出したのか、微妙な顔で答えた。
「不向きって言うか、猫的には超すごいイイ物ですけど、人間は、そんなのもらっても困るんで……」
「鳥類は羽が飛び散って掃除が大変ですし、動物の類も、半殺しの状態でくれるんで、血が飛び散って掃除が大変ですし、虫とかも全体的に可哀そうなことになってるんで、困ります。汚いビニール紐とか、どうすりゃいいんだって感じです」
俺が挙げた具体例に、犬飼いの国包がドン引きする。
犬は繋いでるから、変なもん獲ってこなくていいよな。
うちの松太郎は、自分では食べない癖に狩ってくる。
中三の春休み、俺はインフルエンザで寝込んでいた。
薬が効いて熱が下がって、ふと枕元を見ると、半殺し状態のヤマカガシがのたくっていた。
松太郎は、その横にきちんと座って、ドヤ顔で俺の顔を見ていた。
多分、おいしい物を食べて、元気出せって意味だったんだと思う。
俺が悲鳴を上げると、ばあちゃんと母さんがすっ飛んできた。だが、二人も悲鳴を上げ、松太郎は逃げた。
結局、ばあちゃんが、畑にじいちゃんを呼びに行き、じいちゃんが毒蛇を始末してくれた。
ヤマカガシは後牙類だから、奥歯で思い切り咬まれない限り大丈夫とは言え、松太郎が無傷で、そんな大物を仕留めてくるとは思わなかった。
じいちゃんは松太郎を褒め、ばあちゃんと両親はイヤな顔をしていた。
俺は、松太郎の気持ちを思うと、複雑な心境だった。
……えぇ、もう、お気持ちだけで結構ですから、現物は遠慮させていただきます。
それから、家の誰かが病気になると、松太郎は蛇を獲って来るようになった。
迂闊に叱ると、良かれと思って獲って来てくれた猫の気持ちを傷つけてしまう。
うっかり寝込むことができなくなり、人一倍、健康に気を使うようになったので、うちの家族はみんな元気だ。




