表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

02.猫と病院

 研究室の微妙な空気を、和坂(かにがさか)さんの明るい声が打ち破った。

 「病院……猫と病院の話に戻しましょう。猫って病院の話しただけで逃げるんですよ」


 「それは、私も逃げねばならぬと言うことでしょうか?」

 「……黒江さん自身の用事で病院に行くことはないと思うんで、それはしなくていいと思います。っていうか、巴先生たちが困るんで、やめてあげて下さい」

 和坂(かにがさか)さんの説明に、黒江さんは困惑の色を浮かべ、助けを求めるような目を俺に向けた。


 うちの松太郎(まつたろう)は、押入れ下段の(ふすま)に爪を立てて垂直に登攀(とうはん)し、天袋(てんぶくろ)の小さい襖を自力で開けて、狭い天袋の奥深くに籠城する。

 勿論(もちろん)、実家の(ふすま)はボロボロ。障子(しょうじ)のライフはゼロだ。


 人間も押入れによじ登って天袋の中身を全部出し、上半身を突っ込んで、怯える猫を捕獲するのだ。

 (むし)ろ、この一連の捕獲劇が恐怖を増幅するんじゃないかと思うが、仕方がない。


 好きな餌で釣ってキャリーに誘導しても、成功したのは最初の一回だけ。二回目からは、好物を入れても、キャリーに近寄ろうともしなかった。

 その後、獣医さんから、洗濯ばさみやクリップで猫の襟首(えりくび)を挟み、「母猫による運搬」を疑似体験させると大人しくなると聞いた。


 早速、アドバイス通りにしてみたが、それも上手く行ったのは初回だけで、二回目からはクリップを見ただけで逃げるようになった。

 松太郎は、一回イヤな目に遭った状況は、因果関係をきっちり把握して避けるのだ。


 同じ罠には二度と掛からない。


 学習能力が高過ぎる。俺の親バカじゃないと思う。多分、うちの松太郎は、超賢い。


 「普通の猫は普段、人のハナシ聞いてないフリして、ちゃっかり聞いてるんです。で、病院に連れて行かれるのを察したら、耳伏せて全力で走って、タンスのてっぺんとか、押入れの天袋(てんぶくろ)とかに飛び上がって逃げるんです」

 「……成程(なるほど)


 何が成程なのか。


 神妙な顔で(うなず)く使い魔に、俺は説明を続ける。

 「そうなったら呼んでも出て来ないんで、無理やり引きずり出すんですけど、猫は病院がイヤだから、爪立ててその場所にしがみついて、全力で抵抗するんですよ」

 「ほほう……」


 「あ、あの、それはやっちゃいけない対応なので、感心しないで下さいよ」

 国包(くにかね)が恐る恐る突っ込む。

 使い魔の黒江さんは、国包(くにかね)をちらりと見て、俺に先を促した。


 「えーっと、イヤーって言う猫を無理やり引きずり出して、注射はイヤじゃーって感じで泣き叫ぶ猫を、『あー、ハイハイ、こわくないよー、だいじょうぶだからねー』ってあやしながら、力づくでキャリーに詰めるんですけど、猫は病院イヤだから、キャリーの入口に足踏ん張って抵抗するんですよ」

 「で、最終的に猫の両手足を掴んで、豚の丸焼きみたいなポーズでキャリーに押し込んで、飛び出してくる前に素早く扉を閉めて、鍵を掛けるんです」

 和坂(かにがさか)さんが、身振りを交えて俺の説明の続きを語った。


 (あたか)もここに、全力で暴れる猫が居るかのような迫真のパントマイムだ。黒江さんは、食い入るように和坂(かにがさか)さんの動きを見詰めている。

 「普通の猫にも牙や爪はあるんで、飼い主は油断してると血まみれにされます」


 「うちの犬もそうですよ。狂犬病の予防注射に連れて行かれるのに気付いたら、足踏ん張って歩かないから、最後は豚の丸焼きのポーズにして、父と二人がかりで車に乗せて、病院連れてくんです」

 国包(くにかね)も話に加わる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連項目。巴准教授、黒江、双羽が登場する話。
読まなくても支障はありませんが、関係性はわかりやすくなります。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
野茨の血族ポテ子も↓と同じシーンに登場。
碩学の無能力者ポテ子も↑と同じシーンに登場
汚屋敷の兄妹三人が大掃除を手伝う
野茨の環シリーズ 設定資料用語解説など
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ