18.猫の躾
「普通の猫って、ふつーに盗み食いするよな?」
犬飼いの国包が、現猫飼いの俺に聞いた。
さっきも言ったが、松太郎にメロンの皮とか、盗まれたことがある。
俺が渋々頷くと、国包は黒江さんをチラ見して質問を続けた。
「普通の猫の躾ってどうやってんだ? 犬は、『飼い主がリーダーだ』って認識させるところから始めるんだけど」
「猫に躾なんてできないよ。触られたくない物は、猫の手の届かない所に片付けるとか、こっちで対策するだけだ」
「マジでッ?」
国包の声が、驚愕で裏返る。
そんなびっくりするようなことか?
「犬と一緒にするなよ。トイレや爪とぎは、快適な物を用意してあげれば、そこでしかしないから、割と楽」
「マジでッ? じゃあ、盗み食いは?」
「食べ物を出しっぱなしにしない。人間の食事中に盗もうとしたら、シャーって言って威嚇して追っ払うか、別室に隔離だな」
俺の説明に、和坂さんはうんうん頷き、国包は本気で驚いている。
黒江さんは、あり得ない物を見る目で、俺を見ている。
……俺、何か変なこと言ったか?
うちの松太郎も初めの頃は、カボチャの煮付を狙ってテーブルに忍び寄っていた。
そーっとそーっと近付いて、おっかなびっくり首だけ伸ばして匂いを嗅いで、こそーっとテーブルに片手を掛けて、もう一方の手を伸ばしたところで、その手を掴んで威嚇してやった。
俺が猫の真似で「シャーッ!」って言ってやったら、松太郎は俺の手を振り解いて奥の部屋まですっ飛んで行った。
それ以来、人間の食事中は、テーブルに手を伸ばすことはなくなった。
最初から最後まで、全部丸見えなんだが、本人的にはバレてないつもりで、ショックだったらしい。
食事中、松太郎を隔離する必要はないが、背後でじーっと見られているのは、ちょっと気まずい。
やっと立ち直ったらしい黒江さんが、恐る恐る言葉を発した。
「三田さんは、やはり、猫語がお分かりなのですね?」
「いえ、わかりません。なんとなく、そう言った方が伝わり易いかと思って……」
なんとなくわかってきた。
この魔法生物は、使い魔だ。
主の明確な「言語による命令」に基づいて行動する。だから、言語コミュニケーションを重視するのだ。
七カ国語がわかるとか、語学力がズバ抜けて高いのも、その為に付与された能力なのだろう。
言葉の微妙な意味合いを読み取れるかどうかは、また別の能力だから、とんちんかんな解釈をするんだろう。
開発者の人には、そこをもっと頑張って欲しかった。
「それで、ホントに躾できてんの?」
国包が不思議そうに聞く。
「うん。まぁ、人が居る時は、テーブルの料理には、手を出さなくなった」
「……なんか、それ以外の時はダメっぽい言い方なんだけど?」
「……やられました」
がっくりと項垂れる俺に、黒江さんが心配そうに聞いてくれた。
「大丈夫ですか? 何をされたのですか?」
「冬休み……家族全員が、ちょっと留守にしてた隙に、シチューを盗み食いされました」
「えぇッ! ちょっと、猫ちゃん、大丈夫ッ?」
元猫飼いの和坂さんが、血相を変えた。
「大丈夫。……父は仕事、母は買物で、俺は友達に会いに行ってて、俺が最初に帰ったんです」
三人が俺に注目する。
和坂さんは、ホッとした顔で肩の力を抜いた。
「玄関開けたら、いつもなら猫が尻尾ピンと立てて駆け寄ってくるのに、あの日は来なかったんですよ」
「何があったのですか?」
黒江さんが、心底心配そうな顔で、俺に聞いた。