17.猫を叱る
「その口振り……他の人には禁止されてませんでしたか?」
鋭く見抜いた和坂さんに、驚愕と恐怖と尊敬の混ざった眼差しを向け、黒江さんは観念したように頷いた。猫形態だったら、耳を伏せていただろう。
魔法生物である使い魔の躾は、主自身がいちいち一個ずつ、説明しなくちゃいけないらしい。
パッと見、ちゃんとしてるように見えるのに、子供と一緒って、割と面倒臭い存在なんだな。
「双羽さんたちに叱られましたが、ご主人様以外の人間の言葉に従う義務はございませんので……」
魔法生物には、人間と同じ倫理観は備わっていないようだ。
それは、使い魔の仕様だから、仕方ないと言えば仕方ない。
和坂さんが更に問い詰める。
「双羽さんって、巴先生の教育係でもあるんですよね?」
「はい。左様でございます」
「じゃあ、巴先生の躾も双羽さんがしてるんですよね?」
「……恐らく」
黒江さんはちょっと自信なさそうに答えた。
「双羽さんが巴先生の躾をしていると言うことは、間接的に黒江さんの躾もされてるってことじゃないですか」
「……そう……でしょうか?」
黒江さんは首を傾げた。
親の躾は祖父母がしたから、祖父母の躾は孫にも伝わってるって理屈か?
わかったような、わからんような……う~ん、ちょっと違うような……?
「だったら、黒江さんは、双羽さんの言うことも聞かなきゃいけないんじゃないんですか?」
「……そう……でしょうか?」
黒江さんは再び、首を傾げた。和坂さんが畳みかける。
「命令じゃなくって、躾っぽいことを言われたら」
「躾っぽい……とは、どのようなことでしょう?」
この魔法生物には、常識を教える躾と命令の区別がつかないらしい。
和坂さんが、根気強く説明を続ける。
「この場合の『勝手に冷蔵庫を開けて中の物を食べてはいけません』って言うのは、禁止の命令じゃなくて、常識を教える躾ですよ」
俺と国包も、頷いて同意する。
黒江さんが目を丸くして、俺たちを順繰りに見た。
「あれは、禁止の命令ではなかったのですか? ご主人様にもそう命じられましたが……」
「えーっと、なんて言うか、黒江さんが、双羽さんの躾の意図を理解できなかったから、巴先生が改めて、禁止令を出したんだと思いますよ」
和坂さんの説明に、黒江さんは難しい顔をして黙り込んでしまった。
これって、そんな難しいことなのか? って言うか、この人、食べ物必要ないはずなのに、なんでこんな食い意地張ってんの?
俺は、研究室の片隅に置いてあるミニ冷蔵庫に目を遣った。
呪符素材である鶏の血液や、水知樹の樹液などと一緒に、ちくわも保管されている。
冷蔵庫の扉の前には、重い金庫が設置されていて、普通の人間の力では開けられない。
呪符素材を取り出す時は、巴准教授にお願いして、黒江さんに金庫を移動してもらうことになっていた。
因みに、金庫の中身は現金ではなく、巴准教授が魔力を充填した水晶などが保管されている。
金庫には普通の鍵と、巴准教授が掛けた【鍵】の術が掛かっている。犯罪に悪用されることもあるので、厳重に保管しているのだ。