13.猫の好物
「黒江さんって、魔力だけでいいんですよね? ちくわって、ごはんとしてもらってるんですか?」
「いいえ。おやつやご褒美として、賜ります」
黒江さんは、俺の質問にちょっと誇らしげに答えた。
使い魔の中では「褒められる喜び」と「ちくわの味」が結び付いて、ちくわが「嬉しくておいしいもの」になっているのかもしれない。
「三田さんは、猫におやつやご褒美を与えないのですか?」
「あんまりあげないようにしてます」
「何故ですか? 悪さばかりしているのですか?」
巴先生ん家じゃ、悪さした日は、おやつ抜きになるのか。
「無闇にあげると、太り過ぎて病気になるからですよ」
「では、私も太らねばならぬのでしょうか? 毎日、ちくわを賜っております」
本気でショックを受けているらしき使い魔に、どう言ってわからせればいいのか、俺たちは頭を抱えた。
しばらく考えて、犬飼いの国包が、冷静に答える。
「黒江さんは、普通の犬や猫とは、身体の仕組みが違いますから、多分、大丈夫です」
食べた物が、どこへ消えているのか不明なので、断言し切れないのがもどかしい。
黒江さんも、国包に疑わしげな目を向けている。
和坂さんが、にっこり微笑んで断言した。
「現に、今の黒江さんは太ってませんし。大丈夫ですよ」
筋肉質で引き締った体型のおっさんは、その言葉でやっとホッとして、頬を緩めた。
それで思い出したのか、和坂さんが愛猫との思い出を語ってくれる。
「おやつの種類や、あげる回数にもよりますから。うちのコは、鰹節が大好きだったんで、お味噌汁用に出汁を取った後の出涸らしを毎日あげてましたよ。でも、別に太ったことはありませんでした」
国包が犬語りを始める。
「うちの犬は、躾で新しいことを覚えさせる時に、おやつ用のジャーキーをあげてます」
「犬は、新しいことを覚えるのに、おやつが必要なのですか?」
「あんまり良くないことかも知れませんが、おいしいもので釣って覚えさせてるんです。これあげるから、言うこと聞くんだよ~って」
「ふむ……」
黒江さんは、難しい顔で黙りこんでしまった。
何か気に障ったのだろうか。
俺は、巴先生が研究室のミニ冷蔵庫から、ちくわを出す時のことを思い返した。
「クロ、ありがとう。上手にできたね~。よしよし。お利口さんだね~。ご褒美にちくわあげるよ~」
何か用事が終わると、執事型の黒江さんを猫型のクロに変えてから、だっこして、ひとしきり撫でて、ちくわを与えていた。
確かに、そう考えると状況が似ていると言えなくもない。
だが、黒江さんはペットではなく、魔法の契約で縛られている使い魔だ。巴先生が魔力を籠めて命令すれば、逆らうことなどできない。
巴先生は、ちくわで釣って言うことを聞かせているのではなく、純粋にご褒美として与えているのだ。
結論が出たので、思い切って言ってみた。
聞いた瞬間、黒江さんの顔がパッと明るくなった。
「そうですよね。私はペットの犬と同じではありませんよね」
気にしてたのそこかよ! って言うか、あんた、本物の猫じゃねーし。
そう思っても、俺にはそんなことを言う度胸はないので、和坂さんに話を振った。
「和坂さんちのコは、ちゃんと待ってました?」
「熱いのわかってるから、冷めるまで待ってたけど、お皿に入れるまでは、台所をうろうろして、ちょうだいちょうだいって、ずっと鳴いてたよ」
俺の質問に、懐かしそうな顔で答えてくれた。
「欲しくなったら、お味噌汁作ってなくても、鰹節を仕舞ってある棚の前に座って、鳴いて催促してたし」
「あるある。ちゃんとおいしいもの仕舞ってある場所、覚えてんだよなぁ」
「ほほう。普通の猫も、物の位置を覚えられるのですか」
「勿論ですよ。だから、勝手に取って食べないように猫が開けられない引き出しとか、コンテナに入れてましたよ」
黒江さんは、和坂さんの説明に何度も頷いた。