麗しい姫君の秘密
ルーメン王国王子アルス殿下には8つ年下の妹姫がいらっしゃる。それがイリーナ王女殿下だ。
イリーナ様はまだ10歳だが才色兼備と言う言葉がよく似合うお方だ。
頭がよく、家臣や国民のことも気にかけてくださる優しい心の持ち主であり、幼い頃からの王宮暮らしで身につけた作法や振る舞いは一人前のレディだ。
容姿は国内一の美貌と謳われた女王陛下にとてもよく似ていらっしゃる。10歳と言えど男達が黙っているはずがない。
「うーん…イリーナの美貌はわかる。とてもわかる。だが…。」
私の主、アルス王子殿下は執務室で目の前の大量の書面を睨みつけていた。
「なぜこんなに見合いの話が多いんだ…!!それをすっ飛ばしてこっちの手紙なんか婚約の話だ!俺はこんなの許さないぞぉぉ!!」
「落ち着いてください、王子。今に始まった事じゃないでしょう。」
書簡をビリビリと破き机を散らかすアルス。それを見てこの後の仕事に支障をきたすことが容易に想像できてしまい、ため息を吐く。
そんな私をアルスはキッと睨んだ。
「ここ数ヶ月で一気に増えたんだぞ!?これを異常事態と呼ばずにどうするんだ!?」
「仕事そっちのけで妹へ送られてきたラブレターを見て発狂している兄の頭の方がよっぽど異常事態です。」
「セフィスはどっちの見方なんだよ!?」
「もちろんイリーナ様です。」
私の応答にアルスは大きなため息を吐いて椅子に座った。
「シスコンも大概にしないと嫌われますよ。」
机の上の残りの書面も破かれては困るため避難させようと手を伸ばした。
「俺シスコンじゃないし…。嫌われないし…。」
「王子がシスコンじゃないのはよくわかりましたから次の仕事をしましょう。」
「なあ、セフィス…。今日なんか冷たくないか?」
冷たくしているのがわかっているなら行動を改めてほしい。
昼頃からイリーナ様に来た求婚等の書面とずっと睨めっこしているのだ。もう日が沈みかけているのに。
「アルス、このままでは今日の仕事は徹夜どころか明日の昼頃までかかるわ。いいの?明日は朝早くからイリーナ様と稽古の約束でしょう?」
主従関係で指摘するよりも幼馴染みとして指摘した方が効果的なのではないかと思い、敬語を外していつも通りに話した。
私の発言にアルスの顔はたちまち青くなった。
「頼むセフィス!手伝ってくれ!!」
大きくため息を吐いた。
やる気になるならもっと早く現実を突き付ければよかった。
「わかったわ。書類はもうまとめてあるから目を通して捺印を押して。」
私の指示にアルスは不思議そうな顔をした。
「お前、それいつの間に…。」
「アルスが書簡に夢中になって発狂している間に。」
主人の様子を見て仕事を円滑に進めるのも護衛役の仕事である。
「あ!お兄様、おはようございます。」
数時間前にようやく仕事を終えたアルスは予定通りイリーナ様との稽古のために中庭を訪れた。
「おはよう、イリーナ。」
「お兄様、すごい隈ですわ。もしかしてお仕事お忙しかったのですか?」
「いや!全然大丈夫だ!問題ない!」
妹の前では強がってみせるアルスに思わず吹き出しそうになった。
だってほんの10分前まで机に突っ伏していたのに。
「じゃあイリーナ、始めにこの前の復習な。」
お二人は先日と同じように剣を交えての稽古を開始した。
始まってすぐに気づいたことがあった。
それはイリーナ様の上達。
先日は基礎の形を教えただけだったのに、もうそれを習得なさって応用も加えてらっしゃる。
騎士団にもこんな才能のある者が入ればどれだけ将来有望か…。
やはりイリーナ様は素晴らしいお方だ。
「よし。じゃあ剣はここまでな。」
「ありがとうございました。お兄様。」
剣の稽古が終了したから私もお二人の元へいく。
「それでは少し休憩をした後、イリーナ様は私とギフトの稽古をいたしましょう。」
そうイリーナ様に言うと、イリーナ様は気まずそうな顔をした。
「?どうなさいましたか?お加減がよろしくないようでしたら後日日を改めましょうか?」
「あ、いえ…体調は問題ないです。」
「俺に気を使っているのか?俺ならもうギフトがない事をなんとも思っていないぞ。」
アルスはギフトを持っていない。それは国内だけでなく大陸各地に伝わるほどで異例で、ギフトを所持していない者では最年長である。最初の2、3年は本人も気にしていたが今となってはギフトがなくても騎士達に勝てるほど強くなったので逆に必要ないと思っているらしい。
「いえ…そうではないのですが…」
イリーナ様はとてもギフトを使うのを躊躇っているようだった。
そういえば、イリーナ様のギフトがどのような物なのか知らない。それは兄であるアルスも同様で、以前聞いた時には周りの女中すら知らないとのことだった。
一体どんなギフトなのだろうか。
「ええと…。ではとりあえず見てください。離れてください。」
その言葉に私とアルスは頷き、後ろに下がった。
それを確認しイリーナ様は大きく深呼吸なされ、両手を大きく広げた。
すると一瞬のうちにイリーナ様の両手に剣が出現した。
「!?」
「武器生成のギフトですね。」
武器生成のギフトは珍しくはない。武器職人の大半はギフトを活かして仕事をしている。
だが、そのほとんどが材料を元に生成を行っているうえに武器1つ作るのにも時間を要する。
それをイリーナ様は一瞬で、しかも両手に出現させた。
これは通常のギフトではない。異常ともいえる才能だ。
「誕生日の日、自室でこの能力に気づきました。これは私自身でもよくわかりました。異常…だと。」
それに…。とイリーナ様は手にした剣を空中に投げるとまるで意思を持ったかのようにスピードを上げ地面に突き刺さった。
「生成した武器を操ることも可能なんです。」
イリーナ様がふっと力を抜くと2本の剣は粒子となって消えた。
「生成物はギフト発動中だけ形を留めるみたいです。」
「私もこのようなギフトは初めて見ました。」
武器生成よりも戦闘能力に特価したギフトのようだ。
しかもきちんと使用されるのは初めてのはずなのにイリーナ様はギフトを使いこなしている。
まるで、私のようだ…。
「私怖かったんです…。珍しいギフトを授かりましたが、これは戦うための力です。今まで何もしてこなかった私に神様は『戦え』と仰っているのかと思いました。でも…私本当は戦争なんてしたくないんです…!怖いんです…!」
確かに、大陸の状勢はいいとは言えない。
西の大国オーデントは昔からこの国の国土を求めて戦争を挑んでくるし、北のソルエ王朝も陰ながらにこの国を狙っているという噂だ。
でもイリーナ様が戦争に駆り出されるのなら真っ先に待ったをかける人物がいる。
「イリーナ。お前を戦争には行かせない。これは第一王子の命として絶対だ。」
こういうところは格好いいんだよね。
うちの王子様。
「で、ですが…お兄様にご迷惑はかけられません…!」
「迷惑じゃないよ。実際、騎士団にはセフィスがいる。それに俺はイリーナよりも強い。イリーナが行かなくても俺が行けばルーメンの勝利は見えている。」
「で、でもお兄様は…」
「イリーナ様。」
なかなか納得しないイリーナ様に私は声をかけた。
「アルス王子はギフトを使用する騎士団員にも勝ってしまう程の実力を持っていらっしゃいます。それに護衛役が誰だかお忘れですか?」
私の悪戯な笑みにイリーナ様はハッとした表情をされた。
それにアルスもニッと笑った。
「なっ!俺には最強の護衛がついている。お前が心配することは何もないよ、イリーナ。」
イリーナ様の頭を撫でながらアルスは優しい笑みを浮かべた。
「はい、お兄様。」
その表情にイリーナ様も納得し頷いた。
その後本日の訓練は終了し、イリーナ様は女中と共にお部屋に戻られた。
本来なら私達も執務室に戻り公務を行わなければいけないのだが、まだ中庭にいた。
「アルス、そろそろ執務室に戻らないと。」
「セフィス…。俺はイリーナに誇れる兄でいられるだろうか。」
珍しいと思った。アルスが弱音を吐くなんて。
「イリーナ様は尊敬しているわ。それはアルス自身もよくわかっているでしょう?」
「ああ。だが、イリーナのギフトを見て思ったんだ。『こいつはもっと強くなる』って。イリーナにはギフトなんかなくても俺は強いと言ったが不安なんだ。あいつのことをいつまで守れるのか。戦争のことだってそうだ。いつオーデントは動き出すかわからない。その時俺は国を守っていけるのか…ってな。」
下を向いて俯く。私はアルスに近づいて右手をアルスに差し出した。
「アルス…」
「セフィス…」
そして顔を上げたアルスに思いっきりデコピンした。
「痛ったー!?」
予想していなかったようで額を押さえた。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「な、何するんだよセフィス!?」
「似合わないのよ。考えるならもっとまともなこと考えなさい。」
私の機嫌の悪さが伝わったのかアルスは「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「せ、セフィスさん…?」
「全く…全部今に始まった事じゃないでしょ?ギフトのことはアルスの12歳の誕生日に約束したよね?オーデントの事はアルスが私に言ったじゃない。『二人でこの国を守る』って。今更自信がなくなった?馬鹿にしないでよ。こっちは貴方に何年投資してると思っているのよ。」
言いたいことを熟々言っているが全て正論だ。その証拠にアルスは大人しく聞いている。
「私は言ったよね。『絶対に貴方を守る。最強の騎士になる。』って。その約束を守らせなさいよ。」
私の言葉を大人しく聞いていたアルスは大きく頷いた。
「ごめん、セフィス。だよな。俺に弱音とか似合わないよな。」
その顔にはさっきまでの不安な表情はなく、自信に満ちあふれていた。
「そうよ。次そんなこと言ったらデコピンじゃ済まないんだからね。覚悟しなさい。」
「はいはい。全く、おっかない護衛だよ。ほんと。」
本当は主人の弱音なんて聞きたくないからそんなことを言った。
勇気をくれた貴方に弱音を吐かれてしまったら、私まで弱音を吐いてしまいそうだから。
貴方や国を守ることに自信がなくなってしまいそうだから。
でも私は王国最強の騎士としてこのお役目を全うしなくてはいけない。
「あ、そうだセフィス。イリーナ宛ての書簡だけど全て処分で。」
「そういう訳にはいきません。丁重にお断りしてください。」
まずはこのシスコン主人にどうにか仕事をさせなくては…。
一話にて後書きを書かなかったので、皆様初めまして。雛かぐやと申します。
二話となり、この世界のことがちょっぴり出てきました。
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、この国を治めているのはアルスの母である女王です。
次回は血縁関係となる王族達が登場する予定です。
では、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
評価や感想いただけると雛のやる気がupします。