王国最強の騎士
護衛任務は主人の側にいて守るのが役目。私もその1人だ。
朝早くに目を覚まし、身支度を整える。
主人と共に1日を過ごすからそれなりにいい服装なのだが、護衛が主な仕事だから動きやすさ重視の服装だ。
胸元まで伸びた髪を後ろで束ねる。
そして、身分証明であるブローチと家の紋章が入ったピアスを右耳に付け準備完了。
ドアの横にかけてある愛用の剣をとり、腰に取付部屋を出る。
「セフィス、おはよう。今日も早いね。」
隣の住人であり、同期のタブロが声をかけてきた。
「おはよう、タブロ。そっちこそ早いね。」
「今日は騎士団のギフト測定があるから。ちょっと肩慣らしをな。」
この世にはギフトという人間なら誰もが持っている特殊能力が存在する。だいたいの人間は10歳の誕生日に能力に目覚める。名の通り神からの贈り物だ。
その能力はまさに十人十色で火や水などの自然のものを操る力や物体を生成する力、はたまた空を飛ぶ力などなんでも有りだ。
「セフィスは肩慣らしなんてしなくてもトップランク確定だもんな。なんたってギフトを授かったのは最年少。今だにその記録を破った者はいない。そして王国最強の騎士の異名を持つ。もうこれ以上ないもんなぁ。」
「偶然よ、偶然。私はなにもしてないもの。」
そう、私は6歳の時にギフトを授かった。もちろん今までに努力をしてきたのもあるが、私のギフトは皆のものとは質が違い格段に強い力を出すことができた。故に巷じゃ、神の愛娘とか呼ばれてちょっと恥ずかしい。
「それに比べてお前の護衛対象は最年長記録更新中なんだよな?」
「そうね。でも本人はもう気にしてないし、目の前で言えば勝負を持ち込まれるわよ?」
「あー…それはおっかないな…俺はギフト有りでもあのお方に勝てないから…」
タブロは苦笑いをこぼして体を動かしに外へ向かった。
私も仕事をしなくては。
すれ違う人々に挨拶をしながら主人の元へ向かう。
目的の部屋の前に女中が何人か溜まっていた。
「どうしたの?」
「セフィス様!それが…実はまだお目覚めになられていないようでして…」
誰が?と聞かなくてもわかる。私の主人だ。
「大丈夫よ。私が起こすから。あなた達は朝食の準備を。」
「ありがとうございます!」
頭を下げる女中達に笑いかけ、目の前の両開きの扉にノックする。もちろん返事はない。
取手に手をかけ扉を開ける。
「おはようございます。アルス王子殿下。もう起きていらっしゃいますか?」
広い部屋を見渡すが姿はなく、ベッドに膨らみがある。
黙ってベッドまで行き声をかける
「王子、朝ですよ。起きてください。」
「う、うう…あと、ちょっと…」
思わずため息が出るのは見逃して欲しい。
「朝ですよっ!!」
かけ声と共にギフトを使い、主人をベッドから床へと転がす。もちろん、怪我をしないように掛け布団に包むことを忘れない。
「うわぁあああ!!って、セフィスか…。毎朝やめてくれよ…。」
包まれていた布団から勢いよく跳び出てきたのは私の主人、このルーメン王国の第一王子アルス王子殿下だ。
「やめてくれというのならご自分で起きてください。…また徹夜して本読んでたのね。」
机にある本がそれを物語っていた。
「この前書庫で見つけた大陸の成り立ちについての本を読んでいたんだ。これがまた興味深い内容でな。お前こそ女中の代わりなんかしてていいのか?」
王子の着替えを準備しているとそう問われた。
「寧ろ女中達には喜ばれてるよ。アルスが起きなくて皆困ってるもの。」
「だからって支度まで…」
「次の仕事がつかえてるから仕方ないでしょ。私はアルスの護衛が仕事でアルスと一緒にいるのが仕事だし。」
はい、と着替えを渡し私は王子…アルスの後ろを向き机の上を片付ける。
「お前は護衛よりも俺付きの女中の方があってるんじゃないか?」
呆れたような言葉をかけられたが、だいぶ今更感がある。
「もう半分専属の女中みたいなものでしょ。お喋りしてないで早く準備して。」
「はいはい。全く、セフィスは昔から厳しいなぁ。」
音でアルスが着替え始めたのを確認し、机の上の本を横の本棚に片付ける。
アルスとは身分は違うが幼馴染みのようなものでお互いの性格は把握しているし、二人きりの時のタメ口も許可は得ている。
集中すると時間を忘れて徹夜をよくすることももちろん知っている。
「セフィス着替えたぞー」
そう言われて振り向くと眠そうにしながらも着替え終わったアルスがいた。その格好は他国の王子からすると軽装な物かもしれないが、今日の予定は書類整理と大臣達との会議くらいだから支障はないだろう。
それにアルスは城下町へ行き、人とふれあうこうが好きだ。日常的にそういうことがあるから本人も堅苦しい服は嫌う。
「あ、またここ曲がってる。」
アルスはよく胸元のブローチを曲がって付けてしまう。だから私が直してるんだけど。
「あ、ああ悪いな。」
「いい加減しっかり付けてよね。」
準備を終えてアルスと共に部屋を出る。アルスの朝食はいつもテラスで摂る。その理由は…
「あ、お兄様!おはようございます。」
この天使のように可愛らしい姫君のためだ。
「おはよ、イリーナ。」
「お兄様また徹夜ですの?隈がありますわ。お体に触りますから早く寝てください。」
イリーナ姫様はアルスの妹君で今年10歳になられたばかりなのにしっかりしているお方だ。
「おはようございます。イリーナ様。」
「お、おはようございます…!セフィス様…!!」
そしてなぜか私と喋る時だけたどたどしくなる。
「イリーナ様。私は家臣ですのでどうかお気軽にお呼びください。」
「そ、そ、そんなわけにいきませんわ…!!」
以前から避けられているようだったが、嫌われているのだろうか?それともギフトの力が怖がられているのだろうか?
「イリーナはセフィスに憧れているんだもんな。」
「なっ!お兄様…!」
真っ赤になるイリーナ様。
そんなの初耳だ。
「そうなのですか?てっきり私はイリーナ様に嫌われているのだとばかり。」
「あるわけがありませんわ!!」
大きな声で否定するイリーナ様。女中達も驚いている。
イリーナ様もハッとしてまた真っ赤になった。
「…幼い頃からお兄様との稽古を見させていただいたり、戦場での活躍を女中達から聞いてるうちに王国最強の騎士であるセフィス様に強い憧れを抱くようになりました。いつか私もセフィス様のようにギフトを使いこなし、国を守れるようになりたい、と。」
そう言われ嬉しくないわけじゃないがアルスの反応が気になった。
だってアルスには…
「イリーナも随分成長したな。よし、剣の稽古は俺がつけてやろう。」
「本当ですか!?お兄様!」
アルスは微笑みながらイリーナ様の頭を撫でた。よかった…。気にしてないみたい。
「ギフトの指導はセフィスに頼むぞ。」
「え。」
「えええ!?」
思わず変な声が出た。イリーナ様も絶句なされている。
「ギフトの使い手でお前の上はいない。ならばお前に習うのが一番だろう?」
「それはそうですが…」
「ならイリーナをよろしくな。」
アルスは女中を呼び食事を並べさせイリーナ様と食事を食べ始めた。
その間いろいろ気がかりじゃなかった。
「じゃあ午後の大臣達との会議が終わったら中庭で集合な!」
「はい!お兄様!」
アルスはイリーナ様と剣の稽古を約束して別れた。
「悪かったな、いきなり指導を頼んで。」
執務室へ向かう途中に謝られた。
「全然。イリーナ様可愛いし、指導できるなんて光栄だよ。でもアルス…本当に私でいいの…?」
「ああ。イリーナにはきちんとギフトが授けられたし、俺とは違う。俺が教えたいところだがこればかりは神が許してくれないからな…」
やっぱり気にしてたよ、うちの主人は。
アルスは今年で18歳。だが彼はギフトを授かっていない。
先日、妹のイリーナ様は10歳になりギフトを授かった。やはりそれを気にしていたようだ。
「でも、俺の変わりにセフィスがいる。お前ならきちんと俺の変わりに妹に教えてくれる。」
「アルス…」
主の代わりにその任をしっかり果たそうと決意した。
「さ!イリーナのためにも仕事、仕事!」
「今日はいつもより目を通す書類が多いけどね頑張ってね。」
「ああ、そうだな。…でもセフィスも少し手伝ってくれよ。」
アルスの言葉に苦笑いしながらも私も自分の片付ける書類とアルスの書類を少し手伝った。
大臣達との会議の後、イリーナ様とアルスが剣を交えていた。イリーナ様はほとんど剣の稽古など受けていないはずだがかなり様になっていた。どうやら私とアルスの稽古を見て練習なされていたみたいだ。
二人とも楽しそうに稽古しているがそろそろ休憩をとらせなくては。
私は近くの女中に飲み物を2つ頼んだ。
「お二人共。そろそろ休憩にしませんか?休息も上達の秘訣ですよ。」
私の声で二人は剣を下ろした。
私はタオルを渡す。そこに先ほどの女中が飲み物を持ってきた。
「では、休憩が終わりましたらイリーナ様にはギフトを使っていただきまして…」
その時フッと気配がした。気配の元である男二人を目で捕らえる頃にはアルスに迫っていた。
だけど、
「舐めないで欲しいわね。」
「なん…だと…!?」
男達はアルスの目の前でピタリと動きを止めたかと思うと地面に伏せた。
アルスはやれやれと言ったように男達に話した。
「お前達知らないのか?俺の護衛は王国最強の騎士、セフィス・トロイメントだ。彼女の前では武器やギフトも無力だ。」
そう、これが私のギフト。重力操作。
自分より重い物、大きな物でもある程度は私の思い通りに動かすことができる。
その対象物には人間も含まれている。
「ま、まさか…!噂の最強騎士がこんな子供で女…いでででででぇぇぇええ!!!」
おっと。ついついギフトに力が入って重力を強くしてしまった。
私とアルスがこの男二人組に気を取られている時だった。
「きゃあああ!!」
「!!」
「イリーナ!?」
振り向くとイリーナ様が女中に捕まり、刃物を向けられている。
「王子、護衛役は動かないでもらいましょうか。ああ、ギフトもダメですよ。私のギフトは目に入った光を増幅させ光線を放つことです。ですのでギフトを使った瞬間このお姫様は…!?」
話が長いから終わる前に行動させてもらいました。この人は馬鹿だ。自分のギフトを喋るなんて弱点を喋るようなものなのに。
だから少し目をつむってもらうことにした。瞼の重力を増幅して。もちろん刃物の重力制御も忘れない。
「こ、こんな細やかなギフトの使い方なんて…!」
「変に動いてちょっとでも重力が変わると間違って目を潰してしまうかもしれないので気をつけてください。」
「おい、イリーナの前で流血事件だけはやめてくれよ?」
どこまでも妹姫思いのお兄様だ。
「わかっているわ。でもこれしんどいのよね。男達の重力操作もしているし。」
はぁ、とため息をついているとアルスは真剣な表情を浮かべた。
「この状況が続くとセフィスの弱った姿が見られるのか…。」
「なに言ってるのよ。」
全くうちの主人は…。
「アルスはその女に目隠しとこの手枷を。イリーナ様は私の側に。」
ポケットから手枷を出しアルスに渡す。
イリーナ様はそっと女中から離れて私の服の裾を握った。その動きに思わずときめきそうになったが別に私は同姓愛好家ではない。
こんな騒ぎになっているのに騎士団は全く来る気配がない。いや、正しくは襲撃犯によって人払いされているようだ。その証拠に誰も近くを通らない。
「面倒ね…。」
長くギフトを使用していると体力が大幅に消耗する。よって今の状況は早く打開したいところだ。
「この女…!よくも俺達の計画を邪魔してくれたな!」
あー…暴れられると重力かけるのも大変なんだよね。本当、潰したい。一思いにプチッと。
「お前、今すごい黒い事考えただろ。」
心で思わず舌打ちをした。アルスには何でもお見通しだ。
「わかっているなら許可を頂戴よ。」
「イリーナの教育上問題のない範囲なら。」
それってすごく限られるのだが。でもこれが私の仕事だ。
「ありがとうございます。ほんの少し汚すかもしれませんがご勘弁を。それとイリーナ様、アルス王子のところでしばしお待ちください。」
イリーナ様がアルスの元に行くのを見届けた後で私は一気にギフトを解いた。
「え、あれ…?」
「ギフトが解けた…?あ、体力切れか!これはついてる!」
男達は立ち上がり私を見た。
「王国最強なんて名だけだったな。」
「嬢ちゃん顔いいから殺さないで可愛がってやるよ。」
舌なめずりをする男達。気持ち悪い。
「吐き気がする。」
私は腰の剣を抜き、一気に男達と間合いを詰めて斬りかかった。
「うわっ!」
「ぎゃっ」
たった一撃で男達は倒れた。ちなみに峰打ち。
うん。弱い。弱すぎた。
「私は王国騎士最強の異名を頂いているのよ。剣技だってできるのは当たり前じゃない。」
剣を仕舞いながら大きなため息をつく。なんだか無駄に力を使ってしまった。
「終わりましたよ。」
「気絶させられるなら早くやれよ。」
「無理です。ギフトと同時に剣を振るうのは加減できなくなるのでそれこそ流血事件になりますよ?」
私の言葉にアルスは苦笑いを浮かべた。
するとそこにバタバタと足音が聞こえてきて王国騎士団がやってきた。
「王子!姫!お怪我はありませんか!?」
「俺達は大丈夫だ。そこの者達を捕らえよ。」
「はっ!」
アルスは騎士団に命令してからイリーナ様に声をかけた。
「イリーナ、もう安心だ。怖い思いをさせてごめんよ。」
「いえ、お兄様ありがとうございます。」
話終わるとイリーナ様は私の元へいらっしゃった。
「セフィス様、守っていただき、ありがとうございました////」
これを言うとすぐに迎えに来た専属の女中のところに行ってしまわれた。
というか、イリーナ様可愛すぎ。
「セフィス、ありがとう。また命を救われたな。」
「いえ、それが私の仕事ですか…ら!?」
いきなりアルスに足払いされ、盛大に尻餅を付いた。
地味に痛くて動けない。
「おー!セフィスが転けた!」
それを子供のような顔で喜ぶうちの主人。
なんなんだこの人。
「な、何するのよ!?」
涙が浮かびそうになるのを堪えてアルスを睨むとアルスはしゃがみ私と目線を合わせた。
「いつものセフィスなら余裕で受け身とるだろ?」
そこで気づいた。自分でも予想以上に力を使いすぎていたのだ。
「ギフトは万能だ。だが力には限りがある。俺にはギフトはないがその代わり力を客観的に見ることができる。」
アルスの言う通りだ。ギフトは万能だが、その対価として自分の体力を消耗する。消耗し続ければ敵前でも倒れてしまう。
「それと、お前は女なんだ。いくら体を鍛えていたって弱れば普通の女と同じということを忘れるなよ?」
この言葉にはいろいろ言い返したいことがあったが素直に頷いた。
「すいません…。精進します。」
制御関係に関してはもっといろいろ出来ないとと考えてはいる。
「無理をしない程度ならいいんだ。俺もお前と一緒に戦えるくらいもっと強くならないとなぁ。」
この言葉は何度も聞いた。
ギフトが贈られなかったあの日。それからの努力の日々。騎士達との決闘。アルスは幾度となくこの言葉を吐き強くなった。
「アルスなら大丈夫。もっと強くなれる。もちろん、強いのは私だけど。」
護衛役が主人より弱いようでは示しがつかない。
するとアルスは笑った。
「じゃあ、俺はいつかお前に勝つ。」
「できるかな?」
「できるさ。」
私達2人の約束。幼い頃から変わらない。お互いを成長させてきた。
「セフィス。一本頼むよ。」
「仕事は?」
「一本だけだよ。」
アルスの言葉に仕方ない、と腰の剣を抜いた。
「私が勝っても一本だけだからね。」
私の仕事は王子殿下の護衛役。夢は主人と共に誰にも負けないようになること。