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森にいた天使

王位継承権第一位王太子ヴィクトール・フランソワ。


俺はよく森にいって狩猟をする。狩猟は俺にとって数少ない娯楽のうちの一つだった。その日も、森へ出掛けた。獲物を見つけ、銃を構える。神経を尖らせ、獲物に集中する。その時、僅かに後方から人の気配を感じた。不思議に思ってつい獲物から目を離して後ろを振り返ってしまった。


すると、少し離れたところに天使がいた。ああ、もうお迎えがきたのか。いい人生だった…。


いや、待てよ。色々おかしい。いつの間に死んだんだ?記憶にない。そんなくだらないことを考えていると、天使が去っていった。殆ど反射神経で気付けば勝手に体が動いていた。そのまま獲物を放って天使を追いかけた。


天使は、侍女らしき少女のもとへといったので、少し離れたところから相手に見つからないようにそっと天使を観察した。


よくみると、彼女は天使ではなかった。当たり前か。もしかしたら翼をもがれて天国へ帰れなくなった天使かと思ったが、それも違ったようだ。彼女は、艶のある黒髪で、とても可愛らしい顔立ちをした少女だった。侍女と話しながら笑っている姿がなんとも愛らしい。しばらく見惚れていたかったが、そろそろ不在を気付かれる頃だったので、持ち場へ帰った。


それ以来、狩猟に行く日は天使を探し、見つけたら眼福に預かっていた。ただし、見るだけだ。接触はしたことがない。神や仏には触れないのと同じで天使にも触れてはいけない。そんな思いで今までは遠目に見るだけだった。


しかし、思わず天使と接触する日が来てしまった。その日は風が強かった。いつものように遠目に天使を見つめていたが、風で帽子が飛ばされ、あろうことかこちらに飛んできた。驚き、躊躇いつつも帽子を拾った。帽子を追ってきた天使がこちらを見つめてきた。天使を間近で見るのは初めてだった。心臓がどくりと鳴った。天使の美しい空の色のような青い目を見つめ返す。数秒が永遠に感じられた。天使の青い目に捉えられてしまった。そして…ああ、恋に落ちたのだと悟った。


「あの…ありがとうございます」


初めて天使の声を聞いた。癖が無く真っ直ぐで綺麗な声だった。そういえば、まだ帽子を持ったままだったので、返した。


「貴方の名前は…?」

「私は…ニナと申します」


ニナ。天使はニナという名前なのか。


「ニナ!」


思わず叫んでしまった。


「はい」

「結婚してくれ!」


!?今なにを言った?自分で自分がなにを言っているかわからなかった。ニナは驚愕している。ああ、俺は何を言っているんだ…。出会って早々求婚するなんて…。


俺は今まで女に困ったことは無かった。王太子という地位とこの美貌。それだけで充分だった。こちらから求愛せずとも女は寄ってきた。そして、何人もの女と付き合ってきた。しかし…どの女も長続きしなかった。飽きたら次の女、その繰り返し。運命の出会いなど無かった。口先で愛してるだ好きだとか言っても心から愛することは決してなかった。どの女とも結婚は考えたことがなかった。所詮一晩か二晩の関係。日が昇ると共に消えてゆく。そんな認識だった。


だが、森で天使-ニナと出会ってからそんな考えは一変した。思えば初めて見た時から俺はニナに惹かれていた。これが、運命の出会いかもしれない。空の色のような美しい青い目を潤ませて俺を見つめるニナ。ニナが欲しい。ニナのそばにいて守ってあげたい。ニナに愛されたい。もう、ニナしか見えない。ニナ、愛してる。そして出来れば…もう一度会いたい。


しかし、その願いが叶うことはなかった。森にいた天使は一晩の夢のように消えてしまった。


「ねぇ」

「ねぇってば!」

「聞いているの?」


耳元で叫ばれたことにより、我に返った。


「なんだい、エマニュエル」

「あなた最近変よ!何かあったのかしら?」

「…天使に出会った…でも…幻のように消えてしまった…」

俺が呟くと、エマニュエルは目を見開き、そして、悲しそうな表情をして言った。


「そう…あなたは天使に出会ってしまったのね…」

「ああ…」


しばらく沈黙が訪れる。やがて、エマニュエルが、意を決したように口を開いた。

「私…もうあなたといられないわ!別れましょう。さようなら。」


最後に愛してるわ、と呟いてエマニュエルは行ってしまった。

これで良かったんだ。きっと。

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