プロローグ
その日、アントニーナは復讐を固く決意した。
数ヶ月前
アントニーナには、歳の離れた腹違いの姉がいた。姉は、とても強い女性で愛人との間に産まれた私生児であるにも関わらず、その逆境を乗り越え、常に強くあろうとした。そして、アントニーナをとても大切にし、優しかった。アントニーナはそんな姉を尊敬し、大好きだった。
しかしその姉の様子が最近おかしい。
「お姉様、最近メイク濃くない?それにドレスも派手だわ。」
普段の姉はナチュラルメイクで、ドレスも清楚で品のある物だった。しかし、元々美しい顔だったので、それでも十分に姉の魅力を引き立てていた。
「そうかしら?似合わない?」
しかし、濃いメイクをして派手な衣装に身を包んだ姉もまた、とても華があって輝いてみえた。
「いいえ!とってもお似合いよ。」
「ありがとう。良かったわ…ああ、ヴィクトール様は私に気付いてくれるかしら?私の決して報われる事のないこの想い…」
姉はどこか遠くをみてそう言った。その時、姉がどこをみていたかは今になっても分からない。もしかしたら、未来を暗示していたのかもしれない。
姉の目があまりにも寂しくて、哀しくて、何と無く不安を感じた。そしてその不安は後に激しい後悔に変わり、決して消える事は無かった。
「ええ、きっと届きますわ。人を愛しく想う尊い想いは、いつか必ず、きっと届くわ。」
不安を隠し、やっと言葉を紡いだ。しかし、姉の想いは決して届く事は無かった。でも、その頃は、愛という想いはいつかは必ず届くものだと思い込んでいた。
「そうね…。きっと、いつかヴィクトール様は私をみてくださるわ!」
どこか寂しそうに、しかし、自信たっぷりに言い切った姿は、何時もの姉だった。
そして、いつの間にか姉とヴィクトールはできていた。
「ねえニーナ、どこかおかしな所はない?メイクは大丈夫?髪型は?」
「侍女達に一通りやってもらったでしょうに…。大丈夫よ、いつも通り、とても美しいわ。」
呆れながらも、やはり姉の美しさに目が奪われる。
「ヴィクトール様とは最近どう?とても順調そうね。」
「まあ…。」
姉は少し驚いた素振りを見せる。
「妹は全てお見通しよ。というか、あなたのその姿をみたらバカでも気付くわよ。」
恋をしてから姉はすっかり変わってしまった。最初は徐々に変化していたが、ヴィクトール様とお付き合いするようになってからますますそれに拍車がかかった。恋は人を盲目にさせるというが、まさにその通りだった。私は姉の姿を見て、例えどんな恋に落ちようと、何があろうと私だけは見失わないと誓った。
事態が急変したのは姉の妊娠が発覚してからだ。ヴィクトールとは予想以上に深い関係を結んでいたらしい。当然、妊娠は世間から隠され、姉は出産を終えてから修道院に入ることになった。結局入らなかったが。
その頃、二人の関係も冷え切っていた。所詮姉は一晩の相手でしか無かった。実際もう少し過ごしていたらしいが。ヴィクトールは私生児の姉に利用価値が無いことを知ると、さっさと対象を変え、既に別の女との噂があった。
許せなかった。姉を傷付けた。姉に、一生癒えない傷を作った。絶対に、絶対に許せなかった。
やがて、姉は難産の末、男児を出産した。しかし、母体の体調が芳しくなく、やがて姉は男児を遺したまま帰らぬ人となってしまった。
姉がいなくなった悲しみ、遺された子供への憂い、姉を奪ったあの男への憎しみ、恨み、後悔…
やがてそれらの気持ちは私の中で泥々としたとぐろを巻いて私の心を支配し、他の感情が入る隙など無かった。そのとぐろがやがてあの男への復讐心へと変わるにそう長くはかからなかった。
その日、アントニーナは復讐を固く決意した。




