廃工場にて
リーマンショックで倒産・閉鎖した工場跡。怪奇な噂話が囁かれるそこを「ぼく」達は探険する事になった。
だがそれは恐怖の記憶を植え付けるだけだった……。
僕が住むこの街には,大きな工場が稼働していてそれなりに栄えていた。雇用が増え,当然住民も増えて街は潤った。治安も少々悪くなったがそれは仕方ないと済ませられる範囲だった。
でもそれは昔の事。リーマンショックの余波であえなく工場は閉鎖になり,住民は潮が引くように減っていった。従業員が暮らしていたコーポやアパートは主を失い,向こう側の窓を通して裏側の風景が見えるようになった。彼らを当てこんでいたコンビニやスーパーも店をたたみ,通りには寂寥の風が吹く有様だ。
だが元々住んでいた僕達「地元組」はそんな事は関係なく今もこの街に暮らしている。古くからある店も何も変わることなく営業している。「やっと身の丈に合った街になった」と年配者達は口を揃えて言う。
でも僕達十代の若者にとってはかつての賑わいの方が普通だったのに,僅かな月日でこうなっては「もうお終いだ」となる。
それでも僅かながら,かつての賑わいが戻った時期があった。
幽霊騒動だ。
きっかけはよくある噂話だった。
「倒産で絶望した経営者が工場内で首を吊って自殺しており,その霊が今も敷地内を彷徨っている」というものだ。
それを聞きつけた近隣の誰かが夜中に工場内を探険し,その様子を動画サイトにアップしたらしい。それが評判となり,夜間限定だが妙な賑やかさに溢れる事となった。別に街は潤わないし車の音がやかましいんだけど,それでも小さな頃に来ていた運送トラックの音を思い出して,少しだけ懐かしい気もした。
でもそんな賑やかさなんか長続きする筈もない。ほんの二カ月程で元の静かな――活気の無い街に戻ってしまった。工場もまたひっそりと静まり返り,人気のない荒れ果てた姿を見せていた。
僕達がその廃工場を探険する事になったのは幽霊騒動から二年が経った頃だった。高校受験の為に部活を引退し,時間を持て余していた頃だ。「勉強しろ」と言われそうだが夏の終わり頃では受験生としての実感なんか湧く筈もない。
土曜の夜に皆で花火をした後の帰り道,たまたま廃工場の前を通りかかった時にカズヤが言い出したんだ。
「そういやここ,前に幽霊騒ぎがあったよな」
「そうそう,あの時は賑やかだったよなぁ。なんか探検した動画がいっぱいアップされててよ」
トシが話を合わせて一気に盛り上がった。こうなるともう誰も止めはしない。来週の土曜日に探険する事に決まった。
日は過ぎて決行の夜になった。集まったのは僕とカズヤ,トシ,ノブ,クロ,そして紅一点のカズミの計六人。午後九時に街で唯一となったコンビニに集合し,車の少ない大通りを自転車で走る。みんなちょっとしたイベントとしか考えていなかった――この時までは。
工場の門はとうに壊れていて,誰に咎められる事も無く入る事が出来る。僕達は建物の前で自転車を止め,「それらしい雰囲気」を作る為に点呼を取り,隊長をトシと決めた。
「よーし,行くぞ!」
「おう!」
拳を突き上げ士気を高める。やはり内心は怖いから,こうでもしないと。一人だけ声を合せなかったカズミがじっと建物を見つめている。
「どうしたんだ?」
問う僕に少し怯えた目を向けた。
「……やっぱり止めようよ。ここ……ヤバいよ」
みんなの表情が変わった。カズミは神社の娘で巫女をしていて,「本物の霊感少女」として知られているのだ。そんな彼女がヤバいというのだから無理もない。
だけど僕達は後には引けなかった。カズミの前でいいところを見せたかったんだ。カズミは巫女をやっているせいか,少し大人びた感じがあり雰囲気も神秘的だ。何よりも美少女と言って差し支えない。男子からの人気は断トツだけど,特定の誰かと親密になる事はなかった。
そんなカズミにいいところを見せたい――男なら分かるだろ?
カズミの制止も聞かず,そこで待っているように言い残して僕達は侵入する事にした。正面のシャッターはびくともしないので,脇にある通用口のドアノブを回すとあっさりと開いた。
五人が揃ってからトシと僕が持ってきた懐中電灯で前方を照らす。
「うおおお……」
「広れえ……」
誰ともなく呟いてしまう。手当たり次第に投光しても,光が向こう側の壁に届かない。野球の試合が出来そうな程の広さだった。外から見るのとは大違いだ。そしてその中には機械が一台も無い。借金返済のために何もかも売り払ったという噂は本当のようだ。
感心していても始まらない。シャッターの前からまっすぐに色の違うペンキが伸びている。きっとメインストリートだと気付いて,そこを進む事にした。
「おい,皆いるか?」
先頭を進むトシが繰り返し聞いて来る。その度にみんなで答えるし,適当に話しながら進んでいるのに。やはり不安なんだろう。
「やっぱり……止めといた方が良かったかな……」
カズヤがブツブツ言い出した。カズヤはいつもこの調子だ。
「なんだよ,今さら泣き事なんか言うなよ。ほらいくぞ!」
ノブがカズヤの腕を引っ張る。
壁に突き当たるとペンキが右に折れていた。ペンキに従って進みながら懐中電灯を右に左にと照らしていると――
「うわぁ!!」
「おわあぁぁぁ!」
トシの悲鳴に驚いて全員が飛び退った。
「……なんだ,トイレの鏡かよ」
反射した懐中電灯の光に驚いたのだった。
「脅かすなよまったくよぉ」
懐中電灯をクルクル回して鏡を照らすトシ。それを悲鳴に近い声で止めたのがノブだった。
「止めろ! 鏡に……なんか映ったらどうするんだ!」
皆を取り囲む空気が凍結し,トシが懐中電灯を消した。数十秒の沈黙が過ぎ,クロが口を開いた。
「ここで……逃げ出すワケにはいかんだろ。カズミにどの面下げて会うんだよ」
みな何となく顔を見合わせて頷き,気を取り直して進む事になった。少し進むと埃で薄汚れたカラス戸があり,それをくぐると右手に階段があった。その奥は事務机や古い電話機が幾つか残っている。どうやら事務所のようだった。
「階段を上がってみるか……つーかさ,どこまで行くよ?」
考えてみれば目標地点を決めていなかった。中の構造を知らないんだから仕方ないけど,迂闊と言えば迂闊過ぎだ。
「とりあえず,一番奥まで行けばいいんじゃね? 二階の一番奥の部屋まで行って,この奥の事務所を探索したら十分な気がするけど」
僕の提案した案に決定し,トシが張り切って――でも皆の存在を常に確認しながら――登っていった。
二階に辿り着いて見渡すと,左がトイレで右に部屋が並んでいた。一階とはガラリと雰囲気が変わり,床は白く部屋は完全に独立・防音が良さそうな印象だった。
半分開いたドアのノブをトシが握り,恐る恐る開くと――床はカーペットが敷き詰められ,長机の跡が規則正しく並んでいる。
「会議室かな」
カズヤの呟きに一同が頷く。決め手は壊れたホワイトボードだった。落書きだらけのそれは,「○○参上!」だの卑猥な言葉だのの羅列ばかりで,期待したような「秘密の手掛かり」はありそうになかった。
次の部屋は完全にドアが開いていた。落ちて割れた蛍光灯の破片を踏みつけながら部屋の奥を照らすと,壁は板張りだった。倒れて枯れ果てた観葉植物が荒廃感に拍車をかける。ここは毛足の長いカーペットが敷き詰められ,窓の前に太い矩形の跡がある。机の跡だろうか。
「ここは……ちょっと違うな」
「社長室……かな?」
一通り探調べても書類の一枚も見つからず,一階の事務所を探索する為に部屋を出た時それは起きた。
後ろから呼ばれて振り向いたんだ。――最後尾にいたカズヤまでもが後ろを――全員が後ろを振り向いたんだ。
それが意味する事を全員が瞬時に理解し,全力で走りだした。我先に,言葉にならない悲鳴をあげて。だってそうだろう? 全員が呼ばれたんだ。呼んだヤツは僕たち以外の誰かだ。そしてあの部屋には僕たち以外は誰もいなかった。五人で調べたんだから間違いない。
一気に階段を駆け下りる。背後で地響きのような音がした。みんな悲鳴をあげて辿って来たルートを全速力で戻る。事務所を抜ければ早かったのだろうけど,この時はもう知らない場所を通るのが心底怖かったんだ。
「うわ!」
派手な声をあげてクロが転ぶ。床に残っていた油で滑ったようだ。
「早く! 起きろ!」
また地響きが聞こえた。明らかに同じ一階だ。音が近付いてきている!
クロの腕を掴んで引っ張り起こすと,脱兎の如く走りだす。必死の思いで通用口を抜けると,もうカズミが自転車に跨って待ち構えていた。
「早く! 乗って!」
僕達の自転車が乗りやすく門に向けて並べられていた。有り難い。
カズミを先頭に,一目散に門を目指して張り抜ける。この時どれだけ背中が頼りなかった事か。振り向いて確かめたかった。何が僕の背中を引っ張っていたのかを。確かめなくて良かったと,本気で思う。
やっとの思いで明かりの下――集合場所だったコンビニに飛び込み,人心地がついた。思い思いに飲み物を買い,光が届く範囲内に集まって話し合った。
あの声は何だったのか。誰だったのか。僕が背中に感じたのは何だったのか。なによりも,あの地響きは何だったのか。
「そう言えばカズミ,お前もう全部分かってたみたいだったよな。自転車のスタンバイ出来てたし。霊感か?」
僕の問いに少し沈黙してからカズミが口を開いた。
「それがね,聞こえたの……みんなが悲鳴を上げる前に聞こえたの」
「なんて?」
「そこを動くな……って」
もしあの場所に止まっていたら……地響きの「元」をくらっていたのか?
血の気が引いていくのが分かった。
夏のホラー2014参加作品です。ご意見・ご感想を頂けたら嬉しいです。




