夜と息子
「パパ」
パジャマを着た息子が、眠そうな声で呼んだ。
「どうした?寝るか?」
息子は頷いて目を擦った。パソコンの電源を落とし、息子と共に寝室へ向かう。
「パパ?」
「どうした?上がるぞ」
息子は明かりの消えた居間に棒のように立っている。
「ほら、上がるぞ」
息子の手を引き、階段をのぼった。
「おいていってもいいの?」
「なにを?」
「さっきの」
さっき息子がミニカーで遊んでいたことを思い出した。
「下に置いてきちゃったのか。でも今日はもう寝るだろ?また明日」
「うん」
どうやら本当に眠いらしく、息子は素直に頷いた。
「パパ」
顔の半分が布団で埋れている息子がまた呼んだ。
「さっきの」
「だから、また明日」
違う違うと、首を横に振って、息子は腕を持ち上げた。
人差し指を空中に向け、虚ろな目で部屋の入り口を見つめた。
「ほら、さっきの人」
「人?」
「あの人はこっちにこないの?」
背後を振り返る。
開いたままの扉の先には何もなく、ただ暗い闇が広がっていた。
「誰もいないぞ」
「あの人はこないの」
「あの人って誰だ?」
息子の方に顔を向けて問い返したが、息子はすでに寝息をたてていた。
もう一度扉を振り返るが暗闇にはやはり誰もおらず、そこから吹き込んで来る夜の冷たい風が息子の髪の毛を微かに揺らした。