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翼を広げて  作者: とにあ
自由にまばらに
262/400

あじわう

「味なんて、二の次、三の次よね」

「ホントは大事なんだけどね」

 君がゆっくりと手を伸ばす。

「ケーキは甘いのくらいはわかるわよ」

「人間の欲求の一つと密接なのに」

「睡眠食欲性欲。種の保存の本能ね」

 君は指についたクリームをペロリと舐めとる。

「食欲に関係深いよね」

「そうね。食べないと死ぬもの」

 そう言いつつ、フォークをケーキに突き刺して乱雑に削り取る。

「そうだね」

「ねぇ」

「なに」

「あなたは、死にたいのかしら」

 君はパラパラとケーキを崩し落としながら問い掛ける。僕は、ちょっと考えて、置かれているケーキを見下ろす。紅茶風味のスポンジに白い生クリーム。飾られてるのはブルーベリーやラズベリー。

 食欲は、ない。

「さぁ。どうなんだろう。よくわからないんだよね。したい事とかが自信がなくてさ」

 でもさ、

「生きている限り人生は僕自身のものだから、思うようにいきたいんだ」

「それで、死にたいの?」

 君はニヤニヤと繰り返す。答えがわかっている質問をあえてしていると示すように。

「死にたくない。したいことはわからないけど」

 ゆっくりとブルーベリーを摘んだ指が僕の口元に運ばれる。

「じゃあ、いろいろ味わいなさい。素敵なコトも辛いことも待ってるわ。全部目を逸らさず味わい尽くすつもりで味わいなさい」

 押し込まれるクリームまみれのベリー。甘さも何もわからない。口の中がただ不快。

 君は朗らかに笑う。

「嫌さもしっかり味わいなさい」


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