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私が魔物になった理由

ある車掌の独白

作者: 穂積




はじめまして。

私はこの第三境界鉄道の車掌を務めております、カナイと申します。


もうこの台詞を何度言ったか定かではございませんが、眠りの中にあっても声に出せるほどには染み付いた台詞でございます。


さて、この第三境界鉄道ですが、ご健在の皆様には全くお耳にされたことがない鉄道名かと思われます。

第三と申しましても、実のところ私自身、当鉄道の車掌となってよりこちらの車両を離れたことがございません。

ですので、他の第一・第二もしくは第三以降の車両を実際目にしたことが無いのでございます。

当鉄道は、現世の鉄道に模して作られておりますが、一時的に停車はするものの車庫というものが無く、常に運行している状態でございます。

その為、私ども車掌勤務の者はその任が終わるまで同じ車両で延々と独り、仕事をこなす運命にあるのでございます。




車掌である私の仕事でございますが、主にお客様のご案内が殆どを占めております。

当鉄道にお越しになるお客様は、ほぼ9割の方がご自身の状況を理解しておられません。

例外の1割はさておき、状況把握が困難な9割のお客様にまず必要なのは、混乱を避けるための状況説明でございます。

ですので、私の説明を信じていただくためにも、まずは先に述べたような丁寧なご挨拶が必要なのでございます。


恥ずかしながら、このことを覚えるまでの私は、混乱の絶頂にいらっしゃるお客様に対して正しい口の利き方すら満足にできておりませんでした。

そのような私の言葉など、混乱されている状態のお客様に通じるはずがございません。

ましてや、初対面の私の言葉など信じていただけるわけがありませんし、初見でお心を掴めるほどの容姿をしているわけでもございません。

その時期は今思い出しても情けないほど、魔物化するお客様を続出させてしましました。


言い訳のようになってしまいますが、永い時の中で滅多にない車掌の入れ替えの折には、私のときのようなこと、つまりは車掌の采配ミスで魔物化するお客様が急増することがあるのだそうです。

そのようなときは、数多ある理の中の世界――現世のことでございます――でも魔物が大発生し、ラグナロクや魔界転生など、解釈は多少違えどそのような記述で伝えられたと聞いております。


私どもの小さなミスが、現世では大きな歴史となって後々に記されるのでございます。

これほど恥ずかしいことはございません。

未だ未熟者とはいえ、記憶を辿ることが困難なほどの経験を重ねた今となっては、殆どのお客様に最低限落ち着いてご理解いただける説明ができていると自負しておりますのでご安心ください。




ただ、残念なことに。

どれだけ懇切丁寧にご説明いたしましても、お客様それぞれの今際の未練だけはお客様ご自身で解決していただくほかございません。

当鉄道で可能な対応といたしましては、各車両時間無制限のご利用のみとなっております。

多少の仲裁程度は私ども車掌が入ることも可能ではございますが、本当に“多少”なのでございます。


と言いますのも、我々車掌一同、ご利用いただくお客様には是非健やかに次の命へと転生していただきたいのは山々なのですが、これでも一鉄道を任される者としてのルールもございます。

全てご紹介させていただくにはお時間も場所もございませんので省略させていただきますが、これがまたなかなかに面倒なものなのでございます。

そのような裏方の理由もございまして、私ども車掌がお一人のお客様のご事情に過剰な介入をするわけにはいかないのでございます。

ですので、生前の未練やお恨み事に関しましては、ご不満もございますでしょうがご理解いただければ幸いです。

そのためのお時間と場所はしっかりとご用意いたしますので、心行くまでご利用ください。




魔物化といえば。

先日も、残念なことに魔物化されたお客様がいらっしゃいました。

ここしばらく理から外れられるお客様はいらっしゃらなかったので、本当に残念に思います。


魔物化は魂にとって激しい苦痛を伴う現象と聞いております。

実を申しますと理から外れるお客様の殆どは、魔物化の過程で受ける苦痛に耐え切れず、魂ごと消滅してしまう方が多いのでございます。

魂の根底から分解される苦痛は現世では味わえないものでございましょう。

余程強固な意志が無ければ耐え切れるものではありません。

私とて、過去の失態の折り、魔物化の過程で魂ごと消えていくお客様を何度となく拝見させていただきました。

責任の一端が私にあることもあり、見ているだけで震え上がるような恐怖に襲われたことを今でも覚えております。


不幸中の幸いとでも申しましょうか、先日魔物化されたお客様は類稀な強い意思をお持ちだったようで、理を外れる際、消滅することなく魔物への変異に耐え、ご自身の世界へお戻りになられました。

変異のお時間は現世時間で十年ほど掛かられましたが、既に理から外れていらっしゃるので特にお気になさることはないでしょう。


また、件のお客様は生前一国を統治するお立場で活躍されていたため、多くの意思に縛られておいででした。

個々の魂が向ける思念は時として想像を絶するような力を発揮いたします。

特に、肉体の縛りから解き放たれ、魂のみの状態でご利用いただく当鉄道内におきましては、魂たちの傾げる思いほど厄介なものはございません。

それらが強ければ強いほど、また多くの魂が思うほど、向かう先にあるお客様への影響は強いのでございます。

それらの思念からお客様をお守りし、冷静に今生の未練を整理する場を作るのもまた当鉄道の役割なのでございます。


残念ながら、件の理を外れたお客様のように魔物化の要因となる行いをしたお客様に関しましては、当鉄道も責任を持つことができません。

ですので、魔物化されたお客様は理を外れた時点で、例外なく多くの思念に襲われるのでございます。

魔物化の過程で受ける苦痛の要因には、これらの思念が生み出す強大な力も関係しているのかもしれませんね。


ただし、先にも申しましたとおり、強い思念は強い力となります。

魂の生み出す力は、そのまま魔物となったお客様の魔力に値します。

件のお客様の場合そのお立場もあって、思いの良し悪しに関わらず強いものが多く寄せられていたため、魔物となった現在の魔力は相当なものとお見受けしました。

おそらく、これからお独りでも不自由なく暮らせるくらいのことは魔力で補うことが可能となりましょう。

一先ず、安心いたしました。




ただ残念ながら、やはり全てが上手く運ぶということではないようです。

これまで、魔物化して強大な力を得たお客様は何人かいらっしゃいましたが、それぞれ何かしらの枷を有しておられました。

それは、既知の不幸であったり、永劫の孤独であったりと様々ですが、共通して言えることは、魔物化したお客様が生前強く身命を賭した事柄が関係しているということでございます。

関係するというのは良い方向にということではございません。

私が思うに、魔物化したお客様はその強大な力を得る代わりに、生前最も強く心を傾げたものを犠牲にしているのではないでしょうか。


先日のお客様も、魔物化されて強大な力を手に入れられましたが、日の光から遠ざかる生活を余儀なくされました。

以前にも似たような枷を受けられた方がございましたが、皆様総じて人や生き物を心から愛する性質を持っていらっしゃったようで、先日のお客様も生涯をかけて人のために生き、命を愛する方だったように思えます。

位の高い身分にありながら市井に混じることを望み、屋内にあるよりも太陽の下で動き回ることを好まれていたようです。

夜の住人となった今、の人が朝日の中を誰かと共に駆けることは難しいでしょう。

それだけが本当にお気の毒に思えます。


変異時の苦痛に耐えられた精神を信じて、これからを強く生きていかれることを願うばかりです。

そうこう言っているうちに…あぁ、ほら、少し荒々しい出会いではありますが、彼の人の森に珍しく人間が立ち入ったようですよ。

やはり、何事にも救いがあるものでございますね。


因みに、彼の人が手にかけた義母君ですが、未だ思いを断ち切れず当鉄道の一角にいらっしゃいます。

何度か彼女の動向をお尋ねになられましたが、どのような道であれ未来さきに進まれた方の個人的な情報をお伝えするわけにはまいりません。

残念ながら、私がお手伝いできることは今のところございませんが、場所と時間は好きなだけご利用いただけますので、いつの日かご自分の駅に辿り着かれることを切にお祈り申し上げます。




最後に、余談ではありますが話始めに当鉄道は現世の鉄道に模して作られていると申しました。

その理由といたしましては、現時点で寿命を終えこちらに立ち寄られる様々な世界のお客様方の大半にご理解可能な形がこの状態だからだそうです。

鉄道という名称こそ違えど、大体の世界でこのような形と役割をしているものが存在することから、私どもの上司が定めたようでございます。


全ては、お客様の混乱をできるだけ最小限に抑えるための措置でございます。

そのため、鉄道の認識が過半数を占めなかった頃は、船などの違う形を取られていたとか。

私が車掌としてこの鉄道に勤務し始めた頃は既に“鉄道”でしたので、あくまで資料からの情報です。

知識としてしかお話できないことをお許しください。


それでは、ささやかではございますが、今を生きる皆々様の一層のご健勝のほどを心からお祈り申し上げます。

一生を全うされ当鉄道をご利用の際は、職員一同誠心誠意ご案内いたしますので、どうぞお気軽にどのようなことでもお申し付けください。

可能な限り対応させていただきます。

それでは。






第三境界鉄道 車掌

金井 次郎

金井さんは地味に気に入っているキャラです。

車掌さんというよりも、少し執事風味の素敵オジサマイメージ。


不安なのは私の敬語表現ですが、そこら辺は生温い目で見守っていただければと思います。

間違いがあれば是非ご指摘いただけると嬉しいです。

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