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その1 起

虎へ変化する少年達の物語。前作「我は虎、満月に詠うもの」から2年ぶりの投稿となりますが、読んでいただければ幸いです。

 見知らぬ駅のホームに佇みながら、有田大信ありたたいしんは今日ほど自分が不幸だと思わずにはいられなかった。

 ケチの付き始めは、連れと一緒に電車待ちをしていた時に起きた突然の便意からである。

 直ぐにトイレに駆け込み、踏ん張ること数分。慌ててホームに戻れば、丁度電車が出ようとしていたところで、慌てて飛び乗った。

 発車時刻に間に合って、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は反対側に止まっていた車両に見慣れた顔がこちらに向かって叫んでいるを見て愕然とする。

 つまり、間違えて予定とは反対方面へ行く電車に乗ってしまったのだ。しかも、特急だった為、次々と駅を通り過ぎ、近場で降りるタイミングを完全に逸してしまった。

「何でこうなるかな」

 寝癖の様に跳ねた髪の毛に指を通して独りごちながら、大信は駅の時計で時刻を確認する。時間は四時頃、晩ご飯に向けてお腹が空いてくる時間帯である。ティーンエイジの育ち盛りでは尚更空腹を感じてしまう。

(バッグの中におやつを入れていたはずなんだけど)

 しかし、その荷物は便所へ行く際に、同行者へ預けたままである。仕方なく学生ズボンのポケットから財布を取り出して持ち金を確認すれば、些か心許ない金額しか入っていない。

「まあいい、合流するまでの我慢だ」

 再び独り言を呟いて、大信は沈みがち自分の心に発破を掛けた。

(そうすれば食い物が食える。実ちゃんから説教を食らうのは、まあ仕方ないけど)

 時刻表通りであれば、あと五分もすれば電車が来る。

 それを今か今かと待ちかまえていた大信だったが、突然目の色を変えて辺りを見渡した。

「この臭い」

 先程までの何処か気の抜けた雰囲気とは打って変わって、まなじり鋭く、瞳に攻撃的な光を宿し、辺りを慎重に見回している。その様子は、まるで肉食獣が獲物を探している様に見えた。そして、直ぐに目標を捉え、素早い足取りでその方向へ向かっていった。

「おい、お前」

 大信は荒げた口調で、背後からTシャツにジーンズを履いた線の細い少年を呼び止め、その腕を掴む。突然の出来事に驚いた様子の少年は、ヒッと上ずった声を上げて大信に振り向いたのだが、その顔は蒼白で、恐怖に歪んでいた。

 

 太田一樹おおたかずきは今日ほど、自分を不幸と思わずにはいられなかった。

 ケチの付き始めは、散歩の途中で芽生えた好奇心からである。

 休日で1人の時間を持て余していた一樹は、どうやって今日一日を過ごそうかと、思案に明け暮れていた挙げ句、気づけばそれで半日を潰してしまっていた。

 このまま家に籠もっていても、時間を無駄にしている感が否めないし、これ以上貴重な休日を棒に振りたくないので、取りあえず小学生の頃に利用していた通学路を散歩してみようと思うに至った訳である。

 久しぶりの通学路は思いの外新鮮であった。中学も三年となり、視線が高くなった為か、この道を通っていた頃とは違う景色が広がっており、懐かしさも相まって、一樹ははしゃいだ様子で道を歩いていった。暫く進むと大きな竹林が見えてきた。そこは通っていた道から田畑を跨いで離れた所にあり、まるで陸に浮かぶ島の様に見える。小学生の頃は、緑が鬱蒼と茂る様子から何とも言えない恐怖を感じて、近寄る気すらなかったのだが、年が経った今では、逆に探求心を刺激する場所として、一樹の興味を引かせていた。

「ちょっと冒険でもしていこうかな。何か面白い物が見つかったりするかもしれないし」

 好奇心を鼻歌に乗せて、一樹は田んぼのあぜ道を伝って、件の竹林へと歩いていく。行く手を邪魔する藪をかき分け更に進んでいくと、竹林の中は意外と広く、静かだった。竹は天にも届かんばかりに伸びており、木漏れ日が辺りを白く淡く照らしている。イメージ画でよく見る典型的な竹林の風景が、一樹の目の前に広がっている。そして、遠く目線の先に何かを見つけた。

「あれは、家かな」

 誰も寄りつかない竹林の中に家がある。思ってもいない発見に一樹は興奮し、足取りを早め竹の幹の隙間から見え隠れするその場所へ向かっていった。

 それは家と言うよりも廃屋と言った方が正しく、苔生した屋根の瓦、黒ずんだ壁や柱、穴の空いた床板、骨柄の様な障子戸と、家の形を辛うじて保っているのが不思議なくらい朽ち果てている。ただ、大きな造りから、こうなる以前は平屋の立派な家であったことは想像できた。

「ごめんください」

 誰もいないことは知りつつも、一樹は一言断りを入れて縁側から中へ入っていく。家の中は思ったほど朽ちてはいないものの、やはり年期を感じさせる状態には変わりなく、瓦礫に足を取られながら先へ進んでいくと、広めの部屋に出た。恐らく接待に使った部屋であろうか、床の間があり、すり減ってはいるが柱には飾りが彫られている。また、奥には真っ黒になった襖があり、それを開けば更に部屋が広がっているの事が簡単に想像できた。だが、この部屋には一樹を困惑させる奇妙な物が置いてあった。

「これは、一体何だ」

 大人が一抱えするぐらいの大きなつづらが、部屋の真ん中に置いてあったのだ。つづらは竹で編まれており、四方向から長方形の紙で蓋を封じられていた。

「この紙、どうみてもお札だよな」

 経年劣化がボロボロになってはいるものの、紙には黒や朱の墨で何か書かれていた跡があり、一樹が言うようにお札である可能性が高い。

 お札で封じられた大きな箱。それを目の当たりにした一樹の脳内に、様々な都市伝説、怪談話が頭をよぎっていく。

「大きなつづらにはお化けが入っていたんだっけか」

 舌切り雀を例えに出し、このまま立ち去ろうとする一樹だが、反面、蓋を開けてみたい衝動も抑えきれず、後ろ髪を引かれる思いが強くなる。

「ちょっと開けて覗くだけならいいだろ」

 とうとう自分の中にいる好奇心の猫を御す事が出来ず、一樹はお札を丁寧に剥がし、つづらの蓋を少し持ちげて、中を覗いてみた。

 最初に見えたのは暗闇。

「何だ、何にもいないじゃないか」

 そして、目。

 静かな竹林に少年の絶叫が木霊した。

 途端にバタンと大きな音を立てつづらが開き、何かが姿を現す。

 その何かは、藁の固まりの様な薄茶色の剛毛に覆われた体を持ち、どうやって押し込められていたのか分からないが、つづらより遙かに大きい牛ぐらいの巨躯を誇っている。そこから人間の腕と獣の足、能面を思い起こさせる無表情で真っ白な頭が生えていた。

「ナンダ、ナニモイナイジャナイカ」

 オウムのような声で先程の一樹の言葉を発しながら、徐々に徐々に異形の化け物は彼の方へ近づいてきている。

 輝きのない黒い目が間近に迫ったその瞬間、一樹は大声を上げてその場から逃げ出した。

 その後のことはよく憶えていない。背後から化け物が迫ってくる気配は感じていたのだが、竹藪に行く手を阻まれたのか、奇跡的に逃れることには成功した。

 気づけば一樹は通学路近くにあるバス停のベンチに腰を下ろしていた。そして切らした息を整えながら、どうすればいいか考え始めた。

(このまま家に帰ろうか)

 まず、そう考えたが、自分を追ってくる以上、家に戻ってしまっては家族に危害が及ぶかもしれない。

一樹は頭を振り、再び考え始める。

(どうしたらいい、どうしたらいい、どうしたら)

 その時、ブレーキを掛ける高い音と、エンジンが出す規則的な低い音が聞こえて、バスが停車した。バス停のベンチに座っている一樹を脚と思ったのだろう。それを見て一樹は思いついた。

(そうだ、遠くに。アイツが追ってこれないくらい遠くに逃げれば)

 しかも、バスは駅方面へ行く。そこから更に電車に乗って遠くへ行けば、化け物も追ってこれない。直ぐさまバスに乗り、一樹は駅へ向かった。

 しかし、バスに揺られて、少しずつ平常心を取り戻すうちに、自分の行き先が全く不透明に気づき始めた。

(遠くに逃げてどうする。頃合いを見て戻るのか。でも何時戻ればいいのかな。大体、あんな所へ行かなきゃ良かったんだ)

 次第に自分を責める気持ちが大きくなり、駅に着いた頃には、心身ともにくたびれてしまい今にも泣きそうになっていた。取りあえず一番遠い駅への切符を買い、ヨロヨロした足取りでホームへと入る。

 そこで突然、背後から声を掛けられ、いきなり腕を掴まれてしまったのだ。

「おい、お前」

「ひぃ」

 振り向けば自分と同じ年頃の少年が厳しい目つきでこちらを見ている。

(今度はカツアゲか。一体何なんだよ。僕、何か悪いことしたのかよ)

 途端に今まで抑えていた感情の栓が切れて、涙が止めどなく溢れてきた。 



 

 

 

 

 

 

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