Scene 5 それだけの価値があるのだと
Scene 5
兵士たちのざわめきが俺の耳を過ぎる。
――ああ。死ぬのか、俺。
もうろうとする意識に、そんなことを思う。
けれど、よく聞くと、彼らのざわめきは、空のほうに向けられているようだった。
俺は身を起こした。
翠色の竜が、何か小さな――浅黄色と茶色の――ものをくわえて、飛んでいくところだった。
(セト……)
「な、なんだ、あれは……っ。おい、追え! 追って、捕らえろ!」
グラムが叫ぶ。
困惑したように、兵士たちが顔を見合わした。ちょうど竜は、山の端を曲がり、向こう側へ消えていく。
姿が見えなくなって、誰からともなく、ため息がもれた。
「追え――!!」
グラムの声だけが長いこと、その場をにぎわしていた。
―the last scene-
「ご苦労だったな」
『私』は優越の笑みを浮かべていただろう。
それもそのはず、愉快で仕方がない。こうもことが上手く運ぶとは思わなかった。
「……っふ」
いかん、押さえ切れん。
ふふふ……ふはっ、はーっはっはっは。
目の端から涙が出るまで笑うと、私の笑動はようやく収まった。
「くくっ……」
まだ分からないという顔をしている手駒たちへ、視線を戻す。
彼が連れているのは、淡い色の髪と瞳をした、年端のいかぬ少女だ。
私は、椅子のある場所から段を降りて、彼らと同じ高さに立った。
――なんだ、ずいぶんと背が低いんだな、この騎士は。
「キーナ姫、我がレンフォスへようこそお出でくださいました。この国では、決してあなたに苦労をかけぬことをお約束いたしましょうぞ」
「……」
感情のあまりない麦酒色の瞳が、私を観察する。――嫌な目だ。
「初めまして」
――礼儀もまともに知らぬのか、この子どもは。挨拶とは、ドレスのすそをただつまめばいいというものではないのだぞ。
怒りが面に出そうになるのを、私の完璧なマナーは防いでくれていた。
「では、ゆるりと休まれよ、バーナヒル、いや、近隣の騎士団からの御方」
「失礼を承知で伺いますが、こちらに、キーナ姫の既知の方はいらっしゃるのでしょうか」
「おお、異国へいらした姫のお心までを気遣うとは、何とご立派な方だ。だが心配は無用。
完璧な侍従たちが、姫の憂慮をできるかぎり減らしてくれることでしょう」
「……」
雪色の髪と琥珀の光を瞳に宿した騎士は、一瞬だけ、両目を不満そうに細めた。
「……そうですか。それを聞いて、安心いたしました」
「……行っちゃうの?」
キーナ・オルバドが訊いたのに答えて、セトという魔物は振り返る。
「不安か? 無理もないな。だが俺は」
「せと!」
「――だが俺は、俺の安否が気にかかる。なぁに、無事だと判れば、またいつか、会いにくる」
「……せと」
「……かも、しれませんよ。まあ、私には関係のないことですが」
周りに人がいないのを確かめ、人の姿になって、セトはそう言葉を続けた。長い銀色の髪と、褐色の肌。この国では見慣れない服を着ている。
「だれもキーナのそばには、いてくれないの? みんな……、みんな」
「……」
セトには、その気持ちは分からない。分からないながらも、キーナを抱きしめた。
「……キーナ、少なくとも、忘れないでください。あなたを守ろうとした人間がいたことを」
妙に人間くさい仕草を、ふと、キーナは不思議に思う。
魔物の内心なんて、キーナは知る由もない。
「もし、あなたのご両親の姿を知っていれば、効果的だったのですが」
「……せと は、やっぱり、犬だよ」
セトのつぶやきに、しばらく考え込んで、キーナは最後にそう返した。目じりの涙を、指で拭きながら。
◇ ◆ ◇
その後、キーナがどうなったのか、俺は知らない。長いことバーナヒルの牢に入れられていたし、謎の白犬の手引きで脱走してからは、表立って人を訪ねられるような身分ではなかったからだ。
噂では、キーナの母親の出身地である湖国レンフォスで、静かに暮らしているという。
「……で、セト。何でお前、キーナには丁寧語で話すんだ」
いけませんでしたか?
首をかしげ、俺の隣を歩く長毛の白犬が澄まして言う。
――あなたが必死で守ろうとしているものだから、それだけの価値があるのだと、判断したまでのこと。
なぜだかセトは、その言葉を飲み込んだ。
おしまい。




