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装着 Ⅲ

「…さて、話すか」


口調はきっぱりとしたものだったが、コウの顔には迷いがありありと浮かんでいた。

一方レイは、先ほどから断固反対の姿勢を崩していなかった。


「ダメ。絶対ダメ。まだ素性もよくわかってないのに、話すなんて非常識もいいとこよ!」


それからカケルのほうをちらっと見て、「別に悪い人だって思ってるわけじゃないけど」とつけたした。

だがコウが、「もう決めたから、なにも言うな」というと、レイはしぶしぶ口をつぐんだ。



ベットのサイドテーブルに三つお茶が置かれ、二人はベットまで椅子を二つ持ってきて、テーブルを囲むように座った。

沈黙が、流れた。


「…じゃあ、まず、この国のことについて話す。途中で質問とかがあるかもしれないが、それは最後にしてくれ。俺はあんまり話すのが得意なほうじゃないからな」


カケルが頷いたのを見て、コウは自分自身を落ち着かせるようにお茶を一口口に含み、ゆっくりと口を開いた。












ここは、フェルテ。


かつては、小さいながらなかなかに栄えた、貿易の国だった。

領土は小さく、土地もあまりよくないので、ほとんどの国民は商いで生計を立てていた。

この町は、フェルテの都市。アーゲントタウン。

といっても、農民はいないし、商いをするには大きな町のほうがいいにきまっているから、自然とここに人が集まる。

つまり、ここは都市などではなく、この国そのもの。

だからこの町を、俺たちはフェルテとよぶ。




ここは周りのさまざまな国の中継地点にある。

周りの国々を分けるように連なった山脈を越えて直接相手国に行くより、ここを介して貿易をするほうがはるかに楽で。

だからこそ、この町は各国の物が、人が集まり、栄えていたんだ。

この国を狙う輩は大勢いる。

もちろん国の軍隊もあるし、負ける気もしないが、今までこの国を守ってこれたのは、やっぱりこの貿易という大きな力のおかげだ。

この国を滅ぼしたり乗っ取ったりすれば、ほかの国の反感を買い、自国の貿易に影響が出ることは必須だし、ほかの国と手を組んだとしても、ずっとそれで何のいざこざもなく過ごせるとは思えない。

つまり、ここはそれほど各国にとって重要だってこと。


だが、これは理論上というか、表向きの話。

どうしたって、裏から手を回したり、賄賂を流したりして、この国をいいように利用しようとする輩は、やっぱり絶えない。

それにここの国民が流されて、国民が国に対して反乱でも起こせば、この国は跡形もなく消える。

だが、そんなことは一度も起きたことはない。



なぜなら、そんな安い誘いに乗る国民など、誰もいないから。

俺は、それは国王のおかげだと思ってる。

国王のジグルは、なによりも国のことを愛し、常に国のためを考えていた。

どんなに強大な国の脅しや誘いにも一切のらず、小さい国であるということを感じさせないような毅然とした態度で外交に臨む。

そして一度交わした約束は必ず果たし、民の幸せを、自分の幸せと考える。

そんな人だった。

そんな国王を、みな俺と同じように愛していたはずだ。


なのに



5年前、


突然、姿を消した。





そして、ラウという男が現れた。

そのころ、俺は軍の指揮官をしていたから、よく城にも出入りしていた。

だからこいつはこの城の人間じゃないことぐらいすぐに分かった。

だがそいつは、

「国王からの言付けを預かっている。内密な話なので上位の者たちを集めてほしい」

と言って、極秘で俺たちを一軒の廃墟におびきだした。

そして、そいつは一つの紙を見せた。

そこには「王位をこのラウに譲る」と、ジグル王の字で書いてあった。

…王しか持たないはずのハンコも押してあった。


もちろん、俺たちは承諾なんかできなかった。

王の居場所を問いただそうと、そいつに近づいた時、突然何者かに襲われた。

気づいた時には周りを囲まれていて、完全に不意を突かれた俺たちは、なすすべもなく倒されていった。


そこからはよく覚えていない。


そこに行ったのは11人。

そのうち5人はその時に死んだ。

俺を含めた残りも、致命傷に至るような傷を負った。

俺たちはなんとか城に戻ろうとしたが、そのときにはもう遅かった。



あのときのことは忘れられない。


目立たぬように裏道を通って行くと、広場で歓声が聞こえた。

中心には王が立ち、周りには俺達がいた。

すでに、この国は何者かに乗っ取られていた。



あれは幻術か何かだとすぐに分かった。

だが、国民はすっかり騙されているらしく、今自分たちも戦える状態じゃない。

だから、機会を待つことにした。

ラウには死んだと思われているらしいということは、俺たちにとって好都合なことだった。



俺たちはここまで逃げてきた。

ここは町を囲む高い塀のそばの、ゴミ捨て場のようなところだった。

そこで死にかけてるところをレイが見つけてくれて、俺たちはなんとか助かった。

そのうち、国王命令でもう一つ居住エリアを囲む塀が作られて、いつしかその間の空間は「下町」って呼ばれるようになった。

加えて居住エリアを「中町」、城と周囲の金持ちたちが住むエリアを「上町」というようになった。

下町には浮浪者や犯罪者がうろうろしている。

隠れやすいし、活動もしやすい。


中町では、どうも偽物が頑張っているらしく、俺たちがいた時となんら変わっていない。

だが下町はさっきも言ったが治安が悪い。

今まではそんなことは絶対になかったのにだ。



だが、やっぱり国民は気づいていない。

今までとなんら変わらない生活を、俺達がいなくなってもな。
















「…以上だ。ま、何となくわかってくれりゃいいから」


コウは疲れたように椅子にもたれると、話している間ずっとこわばっていた表情を、ふ、と緩めた。


「疑問がある」


「…なるべく少なくな」


「…まず、ラウと、襲ってきた者たちはいったい何者なのか。あんたが見た王は幻なのか。それとも現実か。姿がそっくりだとはいえ、性格や人柄まで国民を騙せるのか。あんたと一緒に生き残った奴らは今何をしている。あんたは今具体的にどんなことをしている。…あんたらはいったい、この国をどうしたい」


「ちょ、おい。そんないっぺんに説明なんかできねぇって」


苦笑気味に頭を掻いているコウを、カケルはそれとなく眺めた。

軍の指揮官をしていたなんて、初めて会った者にはとうてい思いつかないだろう。

言動を除けば、むしろおとなしそうに見えるような顔つきなのに。

だが、ところどころにその印は垣間見えた。

鍛えられた体とか、手にいくつもある肉刺とか、たまに見せる礼儀正しい素振りだとか。

きっと、部下にも慕われていたのだろう。

見たこともない兵士たちに囲まれているコウを想像するのは、とても容易なことだった。


「ん…と…、まず…襲ってきたやつらのことはまだよく分かってないんだよな。だけどかなりの腕を持ってる。はっきりしてるのはそれだけだ。だけど俺たちは、そいつらは一種の暗殺部隊みたいなもんじゃないかと思ってる」


昔を思い出しているのか、コウの顔が堅くなった。

その姿を痛々しそうにレイが見つめていた。


「…で、王のことだけど、それも俺たちにはよく分かってねぇ。姿を見たのも一瞬だし、声やしぐさも見えなかったしな…。まあ、その王が実物だろうが幻だろうが、王が危険な状況なのは確かだ。操られてるか、どっかに監禁されてるってことだからな」


その言葉に、カケルは違和感を感じた。

まるで意図的に一つの可能性を省いているかのような。


「…王が、自発的に行ったという可能せ「それはないっ!!」


怒号とともに、椅子ががたんとひっくり返る音がした。

レイが小さく悲鳴をあげると、それでコウは我に返ったようだった。


「あ……わ、悪い…」


コウはばつが悪そうに椅子を元に戻すと、大きく深呼吸をして、お茶をグビッと飲み干した。

この気まずい雰囲気を破ったのは、カケルだった。


「悪かった」


コウは心底おどろいたような顔をすると、急いで首を横に振った。


「い、いやいやいや、悪いの俺だから。俺、その可能性のこと、わかってんだけど考えたくねぇんだよ。こんな事じゃいけないってわかってんだけどな」


そして、少し緩んでいた顔を引き締めると、真剣な口調で言った。


「…俺の知っている限りでは、そんなことするような人じゃない。ただ、知らないだけで、なにかがあったのかもしれない。これ以上は、なんとも言えないな」


再び重い空気が立ちこめた。

が、それを払しょくするように、コウがパチンと手を打った。


「で、次はなんで幻術がばれないのかって話だな。まあ幻術にも限界があったんだろうさ。あの日行った11人は、死んだことになったりしてる。もちろん、俺を含めて」


「…いくらなんでも一度に大量の、しかも上位の者が死ねば、国民だって不審に思うんじゃないのか」


「ん…まあな。だからやつらは、五年かけて全員が消えたように見せかけた。人前に出る回数が多い奴から順に、不慮の事故とか、病気とか、中には今別の国にいることになってる奴もいる」

「コウは何だと思う?乗馬中に馬から転落して即死、だって」


レイが笑いをこらえきれない様子で口をはさむと、コウはちょっと怒ったように言った。


「確かに俺はあんまり上手くないけどよ…いくらなんでもそこまでヘタじゃねーよ」


コウの少し拗ねたような顔を見て、レイがまたくすくすと笑った。


「で、奴らはあんたらを死んだことにした後、どうしたんだ」


「あ、あぁそうだな…」


コウは今度は緩みすぎた空気を正そうとするように、コホン、と咳ばらいをした。


「俺たちの後釜に入った奴は、みんな知らない奴らだった。たぶん幻術で姿を変えて俺たちになりすましてたやつが、今度は本性で改めて配属されたって感じだと思う。だけどそこで一つ気になるのは…」


「知らない奴が急に上司になって、下の者は不審に思わないのか―――ってことか?」


「そう、そうなんだよ。でもそれは…」


コウはレイへと視線を向けた。

レイはそれに頷くと、ゆっくりと口を開いた。


「今の町の状況はあたしが調べてきてるんだけど、酒場とかでも兵士の愚痴にはそのことが入ってこないの。もちろんコウが死んだってなった時にはすごい悲しみようだったけど、新しい上司に関しての話は全く話してなくて…。それこそ不自然なくらいに」


兵士が日々のうっ憤を晴らすような酒場ででさえも話さないというのは、いくらなんでもおかしいような気がする。

もちろん兵士の気持なんてわからないし、今まではむしろ近寄ったらいけない存在だったのだから、自分では想像もつかない理由があるのかもしれない。


「コウ、な…」


何か思い当たるようなことはないのか、と聞きかけて、カケルはそのまま空中で止まった。

コウが、にやにやと、さも嬉しそうに笑っていたのだ。


「ん?なんだ?」


レイはため息をつくと、頭を振りながらカケルに言った。


「…コウは、兵士が自分が死んだことを悲しんでくれたって話になると、すぐこういうことになるの」


「だって、嬉しいだろー。自分のことをこんなに慕ってくれてんだなーって」


相も変わらずにやけ顔をしているコウに、カケルは質問する気も失せ、レイと同時にため息をついたのだった。


「で、次は何だっけか?」


「あんたとに同じ目にあった奴の話だ」


やっとにやけが治まったコウが、ふいに真剣な顔つきに戻った。

どんなにふざけてても、一瞬で感情を切り替えられるのは、やはり元指揮官故なのかもしれない。


「あー、だったら次の活動内容ともかぶってるな。俺たち生き残ったのは6人だが、そのうち5人がここにとどまって、俺と同じ活動をしてる。あと一人はこの国を出た。―――別に逃げたとかそういうわけじゃなくて、ほかの国を知ることも大事だからって危険を承知でこの塀の外へ出て行った。今どこで何をしているのか、生きてるのか死んでるのかもわからない。…で、俺たちは―――レジスタンスって呼んでるんだけど―――その生き残りを中心とした組織で活動してる。活動内容は…いろいろ複雑だから俺よりそのほかの四人に聞いたほうがいいと思う」


「そのレジスタンスっていうのは、その5人だけでなく、ほかにもいるということか?」


コウは少し考えるそぶりを見せると、ゆっくりと頷いた。


「ん…まぁそうだな。俺たち以外にも追放されたりとか、殺されかけたりした奴が何人かいて、そいつらも一緒に活動してる。今のとこは…そうだな…ざっと15人てとこか」


まぁ、人の紹介は後でするから、とコウはカケルに向かって少し笑みを浮かべたが、それもすぐに消えた。


「―――で、コウ。あんたはこの国を、一体どうしたいんだ」

前回と打って変わって、今度はやけに長いです。

途中で切るに切れず…いい加減一話の長さを統一できるようになりたいです。

それにしても、またこんなに間が空いてしまい、毎度のことですが本当に申し訳ない限りです。

そして感想や評価、本当にありがとうございます。

まだまだ終わる気配もないですが、これからものんびりとお付き合いいただければ幸いです。

最後に、こんなところまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

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