装着 Ⅱ
パタン…
遠くでドアがしまる音を、カケルはどこか異世界でその音を聞いているような気がした。
あれから二人の間に会話はない。
「…わりぃ、レイ呼んでくる。…あいつも来たら、全部話す。」
気まずい雰囲気を振り払うように、コウは素早く立ちあがった。決してカケルのほうは見ずに。
また、しかし今度は近くで音を聞いたが、やはりどこか遠いところの出来事のようだった。
仕事
獲物
大臣
手ごたえ
このキーワードだけで、なんとなくコウ、そしてシャリとかいうあいつのしていることは想像できた。
それに国を殺すことが仕事だと、コウは以前言っていた。いやなら、やめてもいいとも。
自分は、やめない。自分の、生きる意味だから。
確かに、人を殺すのはいやだ。あの正気に戻った時の口の中の感触ほど、おぞましいものはない。
それをコウは知っている。
だから、やめるという選択肢をくれた。今までの自分には存在していなかった、自由という選択肢。
しかしそれは、自分の死を意味する。
自分のような者で、まっとうな暮らしをしているものなどいない。
笛にとらわれた者は、その笛を持つ者の言いなりにしかなれない。それはただ、殺人兵器としての存在しか許されない、ということに等しい。
とらわれていない者も、いつくるかも分からない獣化におびえ、愛しい人々から自らを遠ざけながらすごさなければならない。
自分には、そのどちらの生き方もできない。
というより、生きていると思えない。生きてなお、死んでいるのと同じだ。
自分は、生きたい。
貪欲な考えだとわかっている。でも、生きたい。どうしようもなく、生きたい。
それを変えるには、もう遅すぎる。
コウに、許されてしまったから。
生きる意味が、出来てしまったから。
だから、生きる。
たとえまた、人を殺すことになろうと、それは自分の意思だから。
後悔しない。
「わりぃな。ずいぶんかかっちまった。」
つとめて明るい声をだそうとしているのか、コウがやけに大きい声で部屋に入ってきた。後ろにはレイの姿もあった。
「あ、あの、えっと…ごめんなさい!」
レイはいきなりずかずかとベットに歩み寄ると、これでもかというほど頭を下げた。
「あ、あたし、ひどいことばっか、いって、それで、ええと」
「…もういい。なにも言うな。―――俺も悪かった」
「でも…」
「うるさい。だったらこの傷、どうにかしろ。お前医者なんだろ」
その言葉にはじかれるようにレイは顔を上げた。レイは少しの間、何を言っているのか分からない、という顔をしていたが、徐々にその顔に笑みが浮かび始めた。
「…うん。もちろん!」
先ほどまでの沈んだ顔はどこへやら。嬉々とした表情のレイは、置いたままになっていた包帯をとってくると、この上ないほどに丁寧に手当てをし始めた。
「ありがとな」
不意に、コウがカケルの耳元で囁いた。
「別に。うっとおしかっただけだ。それに…俺にも非があった」
「それでもだ。ありがと」
コウはにぃっと笑うと、突然ばん!とカケルの背中をたたいた。
「―――っ!…っう…」
「!ちょっと、傷開いちゃったらどうすんの?」
「おーっと、わりぃわりぃ。でもさぁ、俺も怪我人なんですけど」
「あんたはあとあと。カケルに比べれば軽傷でしょ」
わいわいと騒ぐ二人を見ながら、カケルは違和感を感じていた。
前よりも二人が近くにいる気がする。
ちゃんとこの世界で起こっていることのように、手を伸ばせば届くようなところにあるように
次回から間が空いてしまい、その上短いというとても申し訳ない感じになってしまいました。今回はカケルの思いが中心ですが、これ以上お待たせするわけにはいかないので、短いですが掲載させていただきます。遅いですが、次回も読んでいただけると幸いです。ここまで読んでいただきありがとうございました。