未来を知っている彼女と、知らない俺
「20XX年、人類は滅亡する!」
「な、なんだってぇっ!?」
昼休み、クラスのアホどもが騒ぎ出した。
最近、急にSNSで話題になっている予言だ。
「あと二か月で世界が終わるとか、怖くね?」
「……終わるならな」
話を振られ、俺は適当に返した。
「放課後、駅前にナンパしにいこうぜ」
「どうして、そうなる?」
今度は呆れた。
脈絡がなさすぎる。
「お前も童貞だろ?」
「いや、まあ……。そうだけどさ」
ますます呆れながら、思わず視線を教室の隅に向ける。
彼女が席を立ち上がった。
教室を出てゆく。
「童貞、捨てないとまずいだろ? 世界が滅ぶんだしさ」
「百理あるな!」
「いや、ねーよ!」
たまらず突っ込む。
馬鹿話は嫌いじゃないが、声が大きすぎる。
「ん? どこ行くんだ?」
「トイレ」
「おう、気張ってこい」
「違うわ!」
苦笑しながら、教室を後にした。
******
「あっ、いた」
特別教室棟の屋上へ続く階段。
物置代わりに使われている踊り場の奥。
そこが、彼女の特等席だった。
「……なに?」
彼女がスマホから顔を上げる。
少しだけ、不機嫌そうな表情だった。
「ここ、涼しくていいよな」
そう言って、彼女との間を一人分空け、階段に腰を下ろした。
「……で、何の用?」
彼女は横へずれ、さらに一人分の距離を空けた。
視線はすぐにスマホへ戻る。
「いやー……。」
塩対応すぎる。
引きつりそうになる顔を、どうにか堪えた。
何か話さなければ。
「あと二か月で世界が終わるって、マジだと思う?」
言った瞬間、失敗したと思った。
「馬鹿じゃないの」
一刀両断だった。
それでも、俺はめげない。
「……昔、いろいろ教えてくれたじゃん?」
彼女は黙ったまま、スマホを見つめていた。
指は動いていない。
画面も、止まったままだ。
彼女の勘は、昔から異様なほど当たる。
遠足の前日。
「明日は雨だよ」と彼女が言えば、本当に雨が降った。
登校中。
「今日はプリンが出るよ」と彼女が言えば、本当に給食にプリンが付いた。
宿題を忘れた朝。
「今日は先生がお休みだから平気」と彼女が言えば、本当に担任は風邪で休んだ。
小さな出来事を挙げれば、きりがない。
だけど、彼女は小学校高学年になる頃には、そんなことを言わなくなった。
当たりすぎる予言は、「すごい」では済まされない。
やがて彼女は、不気味がられるようになった。
とどめになったのは、ある女の子の怪我だった。
彼女の忠告を無視した結果、本当に怪我をしたその子は、「あんたのせいだ」と彼女を罵った。
中学校に上がる頃には、彼女は一人で過ごすことが多くなった。
高校二年になった今では、俺以外の誰かと話している姿を見たことがない。
「終わらないよ」
ぶっきらぼうな一言だった。
唇を尖らせたまま、彼女はほんの一瞬だけ俺を横目で見る。
すぐに視線はスマホへ戻った。
「そっか」
俺は小さく笑う。
世界が続くことが嬉しいのではない。
彼女が答えてくれたことが嬉しかった。
「……信じてないくせに」
彼女はスマホから目を離さない。
その一言だけを置いて、また沈黙が落ちた。
「信じてるよ」
俺は苦笑しながら答える。
「嘘」
今度は即答だった。
その声は責めるようでもなく、諦めたようでもあった。
「嘘じゃないよ」
俺は彼女を真っ直ぐ見た。
「命の恩人なんだしさ」
それは、冗談でも大げさでもない。
あれは、小学四年の夏休み。
父方の祖父の家へ、一人で向かう朝だった。
突然、彼女が泣きながら俺の家へやって来た。
『行っちゃダメ! 死んじゃうんだから!』
両親は困惑した。
新幹線の切符は、もう取ってあった。
だが、俺は彼女を信じた。
その日、祖父の家へ向かうはずだったバスは、山道で横転した。
死者十数名。
当時、日本中で報じられた大事故だった。
「それ、覚えて……。」
彼女が大きく目を見開いた。
顔を勢いよくこちらへ向ける。
「……あっ」
次の瞬間、彼女は息をのんだ。
焦点の合わない瞳が、どこか遠くを見つめる。
口をぱくぱくと動かしながら、頬がみるみる赤く染まっていく。
「んっ?」
「わ、私! う、浮気なんて許さないから!」
「……どういうこと?」
俺は戸惑う。
俺と彼女の関係は、俺からすれば友達だと思っている。
でも、彼女にとっては、残念ながら知り合い程度だ。
胸の内を明かすなら、俺は彼女のことが好きだった。
できるなら、付き合いたいと思っている。
だけど、ずっと告白できずにいる。
理由は簡単だ。
彼女が、あまりにも塩対応だから。
「し、知らない!」
彼女は勢いよく立ち上がった。
「な、ナンパでも何でもすればいいじゃない!」
そう言い残して、逃げるように階段を駆け下りていった。
「……やっぱり聞こえていたんだ。
失敗したー……。」
俺は肩を落とした。
やっぱり、彼女は塩対応だ。
いや、いつも通りと言えば、いつも通りなのだけど。
あとで、余計なことを言ったアホどもには文句を言ってやろう。




