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「さて帰ろうか」
キースがわたしの肩を掴んで裏口から出ようとする。
「え、キース様」
自分が乗る馬車なら表の方に待たせている。戸惑うわたしをよそに笑い掛けられた。
「一緒に住む屋敷を用意したんだ」
なんてことのない口調で言われたが、こちらとしては寝耳に水だ。
「そんなの聞いていません。それにまだ婚約者であるわたし達が一緒に暮らすなんて早過ぎます」
「前もって話しておけば、カレンに逃げられるかもしれないだろう? 万が一でもその可能性は避けておきたい。それに……」
不意にキースが立ち止まる。一体なにを言いかけたのだろう。気になって彼の顔を覗き込むと意図的に笑顔を作られた。
「いや、なんでもない」
絶対になにかある。
そう直感したものの、キースは話す気はないようだ。
そのまま裏口の扉を開けてわたしを馬車に乗せた。向かいの席があるにも関わらずキースがわたしの隣に座って手を繋ぐ。
膝が触れ合う距離で指を絡められると、照れくささからうつむいてしまった。
「きみが乗ってきた馬車は前もって送りだけでいいと言ってあるから今頃、きみの『住んでいた』屋敷に到着しているはずだ」
なんて用意周到なんだろう。というか勝手に過去形にしないでほしい。
「確かに結婚を承諾しましたが、わたしはまだキース様の屋敷に住むとは言っていません」
「どうせ結婚したら一緒に住むだろう? 早いか遅いかの違いじゃないか」
「でも準備とか……」
「元々結婚することになっていたんだから、ある程度の準備はしてあった。それに一緒に住むことについてはきみのご両親から許可をもらっている」
彼が空いた手で胸ポケットから一枚の封書を取り出す。その手紙を受け取って逸る気持ちで中を見ると、確かに父の字で一緒に住むことについて同意のサインが書かれてあった。
「旅に出る前、この婚約がなくなるか俺も不安で……。きみの父親に『相談』したんだ。そうしたら無事に戻ってくることができたらそのままカレンと住んでも構わないと言ってくれたよ」
爽やかな笑顔を見せているが、絶対に相談という名の圧力をかけている。
爵位はキースの家の方が上だし、彼の背後には王様だっているのは明白だ。
彼の性格を考えれば、目的のためなら人を脅すくらい平気でやってのける。
「今日からきみと暮らすことができるなんて本当に楽しみだよ」
わたしの手を握った彼が愛しそうに目を細める。本心からだと分かる囁き。
けれどどうしてだろう。
彼のこと『全て』を信じきれないのは……
「そこまでしたのに、なんでわたしには手紙の一つも送ってくれなかったんですか?」
つい恨みがましい口調になってしまった。
だけど、やはり一言でもいいから手紙を送ってほしかった。
キースが旅立ってから――というよりも旅立つことすら知らされないまま、彼はわたしを置いていった。その事実は変わらない。
噂で彼の活躍を聞くたびに心配する気持ちが強くなった。
だってゲームでもルートによってはキースが死ぬ場面があったのだ。そのルートは一つじゃない。
彼が攻略キャラだからって無事でいる保証はないのだとわたし自身が痛いほどよく知っている。
まして今回は旅立つ前にわたしという当て馬キャラと婚約破棄することなく、ゲームとは違う動きをみせていた。だからこそ、余計に不安な気持ちになった。
――もしキースが死んだとしたら?
そんなことばかり考えて夜も眠れなかった。
無事でいてほしい、生きててほしい。
切にそう願って教会に足繁く通った。
「すまない」
ぽつりと彼が謝る。
「それは俺が弱かったからだ」
弱いとはどういうことだろう?
意味が分からなくて、ただ彼の顔を観察する。
「きみが好きだから手紙を送ることができなかった」
ふ、と自嘲の笑みを見せたキースは珍しく言葉に迷っているようだった。




