月が魔法をかけた夜
月夜の晩は、出歩かないほうがいい。
なぜだって?
僕が散歩するからだ。
月は、僕に魔法をかける。
魔法をかけられると、僕は僕じゃなくなってしまう。
僕は、変身する。
身も心も、野性に還るのだ。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「うん、早く帰ろうよ」
そんなありふれた会話をしながら、女子高生ふたりが角を曲がってきた。
やべっ、見つかる!
電柱下のゴミ箱の陰に、あわてて身を潜めた。
その横を彼女たちは通り過ぎる。
胸を撫で下ろしながら、僕はひそかに彼女たちの後をつけた。
獲物は、どっちにしようか。
彼女たちのうしろ姿を見ながら品定め。
右か、左か。
どうせなら、好みのほうがいい。
右は長い黒髪、左は茶髪のウェーブ。
僕の腕に絡まる長い黒髪。
ふふ、ぞくぞくする。
右の女の子を狙うことにした。
「じゃあね」
「ばいばーい」
彼女たちが手を振りながら、左右に分かれた。
しめた。
舌なめずりしつつ、背後から忍び寄る。
一歩。
二歩。
三歩。
すぐうしろにまで近づいたが、長い黒髪の彼女は気づきそうにない。
僕は地面を蹴ると同時に牙をむいて、彼女に襲いかかった。
「きゃあーっ!!」
暗がりの中を、彼女の叫び声が響き渡った。
「かっわいいー!」
足元に飛びついた僕を抱き上げ、彼女は僕の背中をしきりに撫でた。
「かわいいワンちゃん、どこから来たの?」
ちがう! 僕はワンちゃんじゃない!
れっきとしたオオカミ男だ!
まだ生後三ヶ月だけど……。
うなり声をあげながら、彼女に抗議をした。
しかし僕の口からでたのは、「クーン、クーン」の甘える声。
なんてザマだ。
僕の身体までも、僕自身を裏切るのか。
僕は、彼女の顔を見上げるしかなかった。
「まいったなあ。夜なのに放っておけないし」
彼女は、困ったような顔をした。
「まっ、いいか。連れて帰るか」
こうして僕は、彼女の家に連れて行かれた。
「おやすみ、ワンちゃん」
彼女が電気を消したとたん、部屋の窓から月の光が入ってきた。
彼女の寝息が聞こえる。
僕は、ほくそ笑んだ。
明日の朝、君は僕の変わり果てた姿を見ることになる。
息が止まるほど驚くに違いない。
月の魔法から開放された僕は、ただの人間。
人間なのだから。
ベッドのなかに潜り込んでいる僕を見たら、君はどうするだろうか。
追い出す?
それとも……。
彼女から漂う石鹸の匂いが、僕の鼻をくすぐる。
そのかぐわしい空気で肺を満たすと、僕は眠りに落ちた。
明日はドッグフードを食べさせられずに済むことを願いながら……。
かわいいペットの犬がオオカミ男だったら?
美形だったら、うれしいですね。恋が生まれちゃったりして。
読んでくださって、ありがとうございました。