第6話 朽ちた剣
第6話です。
折れた剣の次は、整える回。
森での戦いの余韻を受けて、今回は鍛冶場での時間になります。
「朽ちた剣」がどういう存在なのか。
そしてセシルにとって、武器とは何なのか。
数値は出ますが、まだ力は解放されません。
今回は“始まりの区切り”です。
名もなき剣が、ここから動き出します。
森で折れた刃を袋に収めたまま、セシルは一晩を過ごした。
眠れなかったわけではない。むしろ、身体はよく眠った。疲労はきちんと落ち、筋肉の張りも昨日より軽い。だが、意識のどこかで、金属が割れるあの感触が繰り返し再生される。剣が折れた瞬間、自分の何かが折れたわけではない。そこを履き違えるほど未熟ではないつもりだ。ただ、道具の限界が先に来るという事実は、冷静に受け止める必要がある。
出力を上げれば、耐久も上げなければならない。
当たり前だ。だが当たり前は、意識しないと置き去りになる。
朝、セシルはリーネの家の前に立ち、いつもより少し強めに扉を叩いた。
「起きろ。今日は鍛冶場だ」
しばらく沈黙があり、やがて扉がきしむ。
「……朝、嫌い」
半分眠った声で、リーネが睨む。
「朝が嫌いでも時間は進む」
「理屈で起こさないで」
「理屈は目覚ましだ。音より効く」
「効いてない」
それでも、彼女は出てくる。寝癖のついた栗色の髪を手櫛で整えながら、薄目のまま隣に並ぶ。
「今日、ほんとにやるの?」
「やる。折れたなら、次は折れない前提を作る」
「前提って言い方がもう怖い」
「怖いのは正常だ。正常なら制御できる」
リーネはため息をつくが、足は止めない。天啓を持つ彼女は、森の気配に敏感だが、それ以上にセシルの気配にも敏感だ。彼が決めたことは曲がらないと、もう理解している。
鍛冶場に入ると、火はすでに赤く燃えていた。バルドが槌を肩に担ぎ、こちらを見る。
「来たか。例の“更新”だな」
「整える、だ。鍛冶師に怒られる」
「分かってるなら最初から言うな」
バルドは鼻を鳴らし、奥の棚から布に包まれたものを取り出す。
「これを出すかどうか、少し迷った」
布を解いた瞬間、空気がわずかに変わる。
そこにあったのは、剣――の形を保ってはいるが、長い時間を経たことを隠そうともしない一振りだった。刃は厚い錆に覆われ、峰は欠け、柄はひび割れている。見た目だけなら、薪割りの斧よりも頼りない。
「……朽ちてる」
リーネが素直に言う。
「だからだ」
バルドは剣を台に置き、断面を指で叩いた。
「普通ならここまで朽ちりゃ芯も腐る。だが、こいつは違う。外側だけが朽ちてる感じがする」
セシルは近づき、そっと柄に触れた。
その瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
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武装名称:朽ちた剣
状態:外装劣化
錬成率:0%
芯部反応:微弱
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「……やっぱり出るか」
「なにが」
「数値だ。まだゼロ」
リーネが顔をしかめる。
「数値って、ほんとに便利だよね。便利だけど、なんか怖い」
「怖いのは分かる。だが指標は強い。目標が見える」
「その目、今ちょっと危ない」
「落ち着いてる」
「それが怖いって言ってるの」
バルドが笑う。
「お前ら、火の前で漫才するな」
セシルは苦笑しながらも、剣から手を離さない。
「これ、整えられるか」
「外装は削れる。問題は芯だ。正体が分からん」
「分からないなら、触って確かめるしかない」
「だから焦るな」
バルドは炉の温度を上げる。朽ちた剣を炉に入れる前に、まずは錆を落とす。削り、磨き、脆い層を剥がす。火花が散るたび、リーネが少し身を引く。
「火花、苦手」
「当たらなければ安全だ」
「それ昨日も言った」
「再現性がある」
「理屈は強いけど、可愛げはないよね」
「可愛げは副次効果だ。主効果じゃない」
「そういうところ」
バルドの槌が落ちるたび、朽ちた剣の外装が少しずつ削られていく。錆が剥がれ、赤茶けた層の下から、わずかに違う色味が覗く。鉄の色ではない。灰とも銀とも言えない、落ち着いた暗色。
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錬成率:6%
外装除去:進行
芯部反応:安定
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「上がった」
セシルが呟く。
「だから数値のこと言わないでってば」
「目標があると、工程が整理できる」
「顔がちょっと楽しそうなのが怖い」
「楽しいのは事実だ。伸びるのは面白い」
バルドが炉から剣を引き上げる。
「熱の入り方が妙だ。外は赤いが、芯は遅れてる。だが遅れてるのに、弱っていない」
「熱を飲み込まない?」
「そんな感じだ。鉄ならもっと素直に回る」
セシルは真剣な目でそれを見る。自分の身体と同じだ、とふと思う。加護はない。だが枠もない。外側は普通だが、芯は別の論理で動いている。
叩く。
火花が散る。
水に入れる。
蒸気が上がる。
繰り返しの中で、朽ちた剣の輪郭が少しずつ整っていく。
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錬成率:12%
外装強度:上昇
芯部反応:微増
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「焦るなよ」
バルドが言う。
「分かってる。今日は区切りまでだ」
「区切り?」
「二十」
セシルは自然に答えていた。
リーネが眉をひそめる。
「なんで分かるの」
「分からない。だが、そこが節目な気がする」
「気がするって言うの珍しいね」
「理屈が追いついてないだけだ」
バルドが最後の熱を入れる。槌が落ちる音が重く、深くなる。外装が整い、刃の線が浮かび、朽ちた剣の姿がわずかに“剣らしく”なる。
そして――
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錬成率:20%
状態更新:段階移行
武装名称:名もなき剣
段階:第一層
共鳴:微弱
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セシルの視界に表示が変わる。
「……変わった」
リーネが顔を寄せる。
「なにが?」
「朽ちた剣じゃない。名もなき剣になった」
「それ、良くなったの?」
セシルは少しだけ考える。
「少なくとも、終わったものじゃなくなった」
その言葉に、リーネは一瞬だけ真顔になる。
バルドが剣を台に置く。
「今日はここまでだ。刃を立てるのは次だ。芯が落ち着いてからだ」
「落ち着く?」
「今はまだ、目を覚ましただけだ。いきなり振り回すと壊れる」
セシルは頷き、慎重に名もなき剣を握る。
冷たい。だが、芯がある。朽ちた感触は薄れ、代わりに“まだ何者でもない”感触が手に残る。
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共鳴:微弱
適応:未開始
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「……今はまだ、こっちが試されてる感じがする」
リーネが身をすくめる。
「だから怖いって」
「怖いなら、扱いを覚えればいい」
「簡単に言う」
「簡単じゃない。だが、やる」
ローエンが壁際から口を開く。
「型は覚えたようだな」
「剣の話か、俺の話か」
「両方だ」
短い言葉だが、十分だ。
セシルは剣を台に戻し、深く息を吐く。
朽ちた剣は終わった。
名もなき剣が始まった。
そして自分もまた、無加護のまま始まっている。
「次は、俺が追いつく番だな」
リーネがぼそりと言う。
「無理はやめて」
セシルは穏やかに笑う。
「無理はしない。だが、止まらない」
火はまだ赤い。
芯は、目を覚ましたばかりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
朽ちた剣が《名もなき剣》へと変わりました。
完成ではありません。第一層です。
セシルは無加護のままですが、止まりません。
整え、積み、追いつく。
次回からは、剣とセシルの“適応”が始まります。
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