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無加護ですが、成長上限がありません 〜世界を逸脱した少年〜  作者: ジーコ


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2/18

第2話 はじめてのログ

第2話です。


無加護と告げられたセシルが、初めて“行動”を選ぶ回になります。


派手な力はまだありませんが、

彼が何を大事にしているのかが、少しだけ見える話です。


ゆっくり進みますが、お付き合いいただければ嬉しいです。

加護判定の翌朝、ベルナ村の空気は昨日と同じようでいて、どこか違っていた。


霧は畑に薄く残り、井戸の水は冷たく、羊はいつもの時間に鳴いた。けれど人の視線だけが、妙に慎重で、妙に優しくて、妙に遠回りだった。露骨に避けられるわけではない。声をかけてくる村人はむしろ増えている。ただ、その声が以前のように「用件のため」ではなく、「気遣いのため」に寄っているのが分かる。気遣いはありがたいが、気遣いが過剰になると、こちらが弱い前提で扱われているようにも感じる。


セシルはそれを、不快というより面倒だと思った。


面倒なら対処する。対処できないなら放っておく。放っておいて支障が出るなら、順番を決めて潰す。彼にとっては、それだけの話だった。


畑の端で草を抜いていると、近所の老婆が桶を抱えたまま立ち止まった。


「セシル、昨日は……その……」


言葉が途中で絡まり、老婆は自分でも困った顔になる。慰めたいのに、慰めの言葉が「かわいそう」に寄るのを恐れている。そんな雰囲気があった。


セシルは草を束ねながら、淡々と返した。


「大丈夫です。畑は逃げません」


「いや、畑じゃなくてね」


「畑が逃げたら村の危機ですし、危機は先に潰したいので」


老婆は一瞬目を丸くして、それから小さく笑った。


「……あんたは本当にその調子だね」


「調子を崩す理由がないので」


老婆が去っていく背中を見送りながら、セシルは内心で短く整理する。


(みんな優しい。だから、優しさが過剰になる)


優しさは悪ではない。だが優しさが「弱い前提」に変わると、扱われる側の自由が少しずつ削られる。だから彼は、少しだけ言葉を多めに使う。あくまで自分は立っている、と周囲に示すために。


背後から、足音の勢いだけで本人が分かる声が飛んだ。


「セシル!」


レンだ。昨日、木剣の加護を得てから、歩き方が妙に大きくなっている。本人は自分が“剣士になる予定”の格好になっていることに気づいていないらしいが、村の犬が少し距離を取っているのを見ればだいたい察せる。


「朝から畑かよ」


「朝は畑が一番効率がいい。土が柔らかいし、雑草も抜けやすい」


「効率って……お前ほんとそういうの好きだな」


「好きというより、生き残るための技術だろ。畑は」


レンは鼻を鳴らし、視線を泳がせた。言いにくいことがある顔だ。


「……昨日さ」


「うん」


「その……平気なのか?」


セシルは草を籠に入れ、手についた土を払った。口に出す前に、頭の中で言葉の形を整える。こういう時に曖昧に返すと、相手の不安が長引く。


「平気かどうかで言えば、平気寄りだ。問題は“できることが減るかもしれない”って点だけど、減るのが確定してない以上、先に落ち込むのは損だろ」


レンが眉を寄せる。


「損得で考えるなよ」


「損得で考えないと損する。損してもいいって言うなら止めないけど、俺は損したくない」


「そういうところだぞ」


「そういうところがあるから、俺はまだ畑を踏まれてない」


「まだ踏まれる前提で話すな」


セシルは少し笑った。


「踏まれたら困るだろ。困ることを先に考えるのは悪い癖じゃない」


レンは反論しかけて、結局言葉を飲み込んだ。そして代わりに森の方角を見た。昨日から村の端に漂っている“妙な静けさ”が、今朝も続いている。


「……森、なんか変だよな」


「俺もそう思う」


「え、同意するのか」


「同意することはある。森が静かすぎる。鳥の声が少ない。風の匂いが薄い。静かな時は、だいたい何かが支配してる」


レンが少し顔を強張らせる。


「黒狼の話も出てたよな」


「増えたら畑が踏み荒らされる」


「そこかよ」


「重要だろ。食べないと強くなれない。レンは剣の道に乗った。なら俺は、畑の道も防衛の道も、必要なら全部やる」


レンが吹き出す。


「欲張りすぎだろ」


「欲張りというより、選択肢を残す。選択肢は多い方が強い」


「無加護なのに?」


「だからだ」


セシルが言い切ると、レンは妙に納得した顔になった。納得するポイントはずれている気もするが、今はそれでいい。



昼前、リーネがセシルを見つけて走ってきた。昨日から彼女の歩き方は少しだけ変だ。速い。焦っているというより、落ち着かないものから逃げるために速くなっている。


「セシル!」


「走ると転ぶ」


「転ばない!」


言った直後に石に足を取られかけ、セシルが腕を掴んで支える。レンが横で声を上げた。


「ほらな!」


「今のは地面が悪い!」


リーネは頬を膨らませて言い返したが、すぐに真顔に戻った。


「ねえ、昨日の夜……眠れた?」


「寝た。早寝早起きは強さだ」


「強さの定義が雑」


「雑じゃない。睡眠は回復、回復は戦力。戦力は村を守る。論理は通ってる」


リーネは呆れた顔をしながらも、目の奥の不安は消えていない。


「……ほんとに、大丈夫?」


セシルは少しだけ間を置いた。大丈夫かと聞かれれば、大丈夫だ。ただ、彼女が求めているのは事実より安心で、安心は理屈だけでは作れないことも知っている。


「大丈夫。大丈夫じゃない要素もあるけど、分解すれば処理できる」


「分解?」


「不安って、だいたい“でかい塊”で来るだろ。塊のまま抱えると窒息する。だから小さくして、順番に片付ける。俺はそうしてきた」


リーネはしばらく黙って、セシルの顔を見た。


「……セシルって、ほんと変」


「褒め言葉だな」


「褒めてない」


「じゃあ褒めて」


「やだ」


そう言いながら、リーネの肩から少し力が抜けた。セシルはそれを見て、内心で少しだけ安心する。彼女は危なっかしい。だからこそ、彼女が揺れている時はこちらが揺れない方がいい。


「それで、急いで来た理由は?」


リーネの表情がまた曇る。


「森……やっぱり変。今朝、家の窓から見たら、鳥がぜんぜん飛んでなかった」


「鳥が飛ばないのは捕食者がいる時だ」


「言い切るね」


「推測。可能性が高いってだけ」


リーネは唇を噛んで、それから言った。


「……私、行きたくない。けど、行ったほうがいい気がする」


「分かった。じゃあ行こう」


「え、行くの?」


「行かないと、畑が踏まれる」


「そこ!?」


「そこが大事だ」


リーネは思わず笑い、笑った後で小さく息を吐いた。


「……でも、危ないよ」


「危ない可能性はある。だから準備する。準備すれば危険は減る。危険が減れば行動できる。行動できれば結果が出る。結果が出れば次に繋がる」


「セシル、喋るときだけ急に長い」


「今は重要だからだ」


セシルはそう言って、鍛冶場へ向かった。



鍛冶場にはバルドがいた。火花の音が絶えず、鉄の匂いが濃い。セシルが入ると、バルドは槌を止めずに言った。


「森か」


「よく分かりますね」


「お前の顔が、畑の次は森だって言ってる」


「顔でバレるのは不本意です」


「諦めろ」


セシルは苦笑し、棚に置かれている木槍を手に取った。村の若者が魔物避けに使う簡素な武器だ。加護があれば武器の扱いが自然と上がる子もいる。だがセシルにはそれがない。だから理屈で補う。


「槍は距離が取れる。黒狼相手なら噛みつかれる前に止められる可能性が高い。木槍でも“止める”だけなら十分だ」


「倒すには足りねえ」


「倒す必要があるかは状況次第です。群れなら、まず離脱が最優先。倒すのは余裕がある時だけ」


バルドが鼻を鳴らした。


「無茶すんな」


「無茶はしない。無茶と挑戦は違う。挑戦は準備込みだ」


「お前ほんと口が回るな」


「回る方が生き残る確率が上がる」


バルドは少しだけ笑った。それから棚の奥を指差す。


「これ持ってけ。軽い革鎧だ。サイズは合うだろ」


「いいんですか」


「村のもんだ。村が潰れたら、鎧も何もねえ」


理屈が通っている。セシルは頷き、鎧を身につけた。


リーネは横でそわそわと指を動かしている。彼女はAランクの加護を得た。危険察知も進路予測もある。けれど、その力をどう使えばいいかがまだ分からず、言語化も得意じゃない。だから落ち着かない。


セシルはリーネの方を見る。


「リーネ。危険を感じたら、方向だけ教えて。言葉は短くていい。“右”“左”“前”“後ろ”。それだけで助かる」


「それだけでいいの?」


「十分。むしろそれ以上は情報が多すぎて判断が遅れる。俺は理屈で戦うから、情報はシンプルなほど強い」


リーネは少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。


「……分かった。短く言う」


「頼む」


バルドが槌を置き、二人を見た。


「帰ってこい。畑もだが、お前らもだ」


「畑の優先順位が高いですね」


「村の腹が減ったら終わりだ。分かるだろ」


「分かります」


セシルは木槍を肩に担ぎ、森へ向かった。



森の入口は、村から少し離れている。普段なら子どもたちが走り回り、薪拾いの大人が出入りする場所だが、今日は妙に静かだった。風が弱い。鳥が鳴かない。木々の影が濃い。


「やっぱり静か」


リーネが小さく言う。


「静かなのは悪い兆候だ。音がないってことは、何かが支配してる」


「言い方がこわい」


「事実は怖い時がある。怖いから目を逸らすと、もっと怖い目に遭う」


リーネは口を尖らせたが、袖を掴むのはやめなかった。代わりに少しだけセシルの後ろを歩く。危なっかしいが逃げない。そこは彼女の強さだとセシルは思う。


森へ入ると、湿った土の匂いが濃くなる。苔の匂い。腐葉土の匂い。生命の匂い。だが、その奥に薄く混じる獣の匂いがある。


セシルは歩きながら考える。


(黒狼が増えている。理由は餌の不足か、縄張りの変化か、あるいは……別の要因)


別の要因、という言葉が頭に浮かんだ瞬間、視界の端に何かがちらついた。


##########

観測不能

##########


一瞬で消えた。見間違いかもしれない。だが昨日の夜にも似たものを見た。脳の錯覚ではない可能性が高い。


(ログみたいなやつ。俺にだけ見える)


理由は分からない。分からないからといって無視するのは合理的じゃない。合理的じゃないことは、だいたい命取りになる。


「セシル」


リーネの声が硬い。


「前」


短い。約束通りだ。


セシルは足を止め、木槍を構える。木々の間に黒い影が動いた。目が光る。低い唸り声。黒狼だ。


一匹、二匹――三匹はいる。


(群れか。厄介だな)


最初の判断は「離脱」だ。だが離脱するにも方向が要る。森は迷いやすい。危険察知と進路予測を持つリーネの出番だ。


「リーネ、後ろ取られると面倒だから、左右を見て」


「うん……左!」


リーネが短く言う。左の茂みが揺れた。もう一匹いる。


「ありがとう。じゃあ左は牽制する」


セシルは槍先を低くし、狼の突進に備えた。最初に跳んできたのは正面の一匹。牙が見える。体のバネが強い。木槍の“止める”には十分でも、“倒す”には工夫が要る。


その瞬間、視界が一瞬だけ揺らいだ。


##########

【推奨:足部制圧】

##########


文字だけが浮かび、消えた。


(足を潰せば動きが止まる。理屈は合う)


セシルは狼の跳躍に合わせ、槍先を下へ滑らせた。木槍が前脚を打つ。狼が体勢を崩し、地面に転がる。すぐに起き上がろうとするが、足がもつれる。


「今!」


セシルが声を出す。声は自分のためでもある。戦いの時に無言だと、思考が自分の内側へ落ちすぎる。


右からもう一匹が来る。リーネが叫ぶ。


「右!」


セシルは槍を引き、穂先ではなく柄の中ほどで受け止める。噛みつかれない距離を保ち、押し返す。木がしなる。肩に衝撃が走る。


(倒すなら、倒せる一匹だけ)


転がっている足を痛めた狼は、群れの中で一番“弱い状態”だ。ここで一匹だけ落とせば、残りの判断が変わる。群れは獲物を失うのを嫌う。足を痛めた仲間を守ろうとするか、見捨てるか――どちらにせよ、隙が生まれる。


セシルは一歩踏み込み、倒れている狼の喉元へ槍先を押し込んだ。木槍の穂先は鉄ではない。だが喉は硬い鎧ではない。狼の抵抗が一瞬強くなり、次の瞬間、力が抜けた。


倒した。


その瞬間、セシルの視界に強い文字が走った。


##########

【撃破:黒狼】

経験値:獲得

##########


##########

【レベルアップ】

Lv 0 → 1

HP +3 / STR +2 / VIT +2 / DEX +2

##########


息が止まるほど一瞬だったが、確かに見えた。


(……上がった)


胸の奥が、じわりと熱を帯びる。身体が軽いわけではない。むしろ力が満ちる“気配”だけが増える。痛みも疲れも消えないのに、できることが増えたと直感が言う。


(数値、ってやつか)


自分が何を言っているのか分からないのに、分かってしまう。そういう感覚だった。


リーネが震えた声で言う。


「セシル……今、倒した……」


「倒した。倒せた理由は足を潰したからで、足を潰せた理由は距離が取れて、距離が取れた理由は槍を選んだからで、槍を選べた理由はバルドが貸してくれたからだ」


「急に早口」


「整理してる。今のは偶然じゃないって言いたい」


リーネはそれでも顔が青い。


「でも、今の……セシルの目、ちょっと……」


「大丈夫。意識はある」


セシルは自分の胸の奥の熱を押さえるように息を吐いた。


(熱い。だが、制御できる)


ここで浮かれると死ぬ。浮かれない。だが、無視もしない。熱は力だ。力は使い方で意味が変わる。


残り二匹が唸り、距離を取った。仲間が倒れたことで、動きが変わった。突っ込むのではなく、様子を見る。狼も理屈で動く。


「離脱する。リーネ、道」


リーネは目を閉じるように一瞬だけ集中し、それから短く言った。


「後ろ、右」


「了解」


セシルは槍を構えたまま後退し、リーネの指示した方向へ足を運ぶ。二匹の狼は追ってこない。追えば追うほど不利になると判断したのだろう。森の奥へ引いていく影が見えた。


森の入口へ戻ったところで、セシルはようやく息を整えた。


リーネは膝に手をつき、震えながらも笑おうとしている。


「……生きてる」


「生きてる。だから次も積める」


「積むって……」


「経験を積む。準備を積む。できることを積む。あと畑も積む」


「最後だけ雑!」


リーネが笑い、セシルもつられて笑った。笑えるなら、まだ余裕がある。


だが余裕の裏で、セシルはもう一度だけ胸の奥の熱を確かめる。


(上がった)


加護がないのに。

秩序装置に登録されていないはずなのに。


それでも“レベル”が上がった。


それが何を意味するのかは分からない。だが分からないことを、分からないまま放置するのは合理的じゃない。合理的じゃないことは、だいたい後から牙を剥く。


「リーネ」


「なに?」


「さっき、俺の目が怖いって言っただろ」


「……うん」


「たぶん、数値が上がったせいだと思う。俺もよく分からないけど、上がると少し、楽しくなる」


リーネは一瞬固まって、それから苦笑した。


「それ、ちょっとこわい」


「分かる。俺もそう思う。でも、怖いなら対策できる。対策できるなら問題は小さくなる」


「その理屈、ほんと便利」


「便利な理屈は使うべきだろ」


リーネは呆れながら、でも少し安心した顔になった。



村に戻ると、レンが待っていた。木剣を腰に差し、妙に格好をつけている。


「どうだった」


セシルはすぐに答える。


「黒狼三匹。うち一匹撃破。残りは引いた。縄張りが動いてる」


レンが顔を強張らせる。


「……え、倒したの?」


「倒した。倒せたのは条件を揃えたからだ」


レンは呆れたように笑い、それから急に真面目な顔に戻る。


「無加護だぞ?」


「今のところな」


昨日と同じ言葉を使うと、レンはさらに顔をしかめた。


「お前、その“今のところ”って言い方、むかつく」


「安心しろ。俺も時々むかつく」


「自覚あんのかよ!」


リーネが横で吹き出す。


セシルは続けた。


「武器は木槍で十分だったけど、倒すなら急所が要る。村の柵も強化した方がいい。見回りも増やす。あと――」


言いかけて、セシルは少しだけ言葉を選んだ。言えば混乱する。だが隠すと、後でより面倒になる。


「俺、レベルが上がった」


レンが固まる。


「は?」


リーネが小さく頷く。


「……ほんと。なんか、セシルが変なこと言ってた」


「変なこと言ってない。俺にだけ見える“ログ”みたいなのが出た」


レンが眉を寄せる。


「ログ?」


セシルは肩をすくめる。


「説明できない。できないけど、見えた。見えたものは利用する。利用できるなら生存率が上がる。上がるなら、使う」


レンはしばらく黙って、最後に言った。


「……お前、やっぱり変だ」


「褒め言葉だな」


「褒めてねえ」


「じゃあ褒めて」


「やだ」


昨日と同じ流れになって、リーネが笑った。レンもつられて笑う。笑えるなら、まだ余裕がある。


セシルは夕暮れの空を見上げ、森の方角を一度だけ見た。


(動いてる)


村の外側で、何かが。


無加護でも、やることはある。むしろ、やることだらけだ。そしてその“やること”を一つずつ積み上げるのは、嫌いじゃない。


最後にもう一度、セシルの視界に文字が浮かぶ。


##########

【演算領域:安定化】

##########


一瞬で消えた。


セシルは小さく笑う。


(面白い)


光らない者の歩き方は、確かに始まっている。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回から、成長描写やログ演出が少しずつ入ってきます。

ただし数値の全面開示は節目のみ、という形で進めていく予定です。


黒狼の“違和感”も、物語の芯に関わってきます。


引き続き、セシルとリーネの物語を見守っていただけたら嬉しいです。


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