50 カモになる素養を持っている
休憩を終えて町の中に入ると、活気あふれる街並みに圧倒されてしまった。
……活気がありすぎて、カラフルな街並み♪などと楽しんでいる暇さえない。
「お姉さん、こっち見てみてよ! 王都で流行りのアクセサリーが入荷してるよ!」
「おっ、そこの兄ちゃん! 恋人に贈り物なんてどうだ? 意匠をこらしたデザインのガラス細工だぜ!」
「お二人さんっ! 変わった服を着てるねぇ。この地方特有の衣装はどうだい? 涼しくて動きやすくて、何より可愛いよ!」
もう、町の中心部になかなかたどり着けないよ。ひたすら呼び止められちゃってさぁ。
その度に足を止めて話を聞いたり商品を見たりするものだからなかなか先に進めない。
いよいよ商品を買わされそうになった時、見かねたアレクサンダーがぐいぐいと引っ張って立ち去る、ということを何度も繰り返す羽目になった。ごめん、助かる。
当然、アレクサンダーの小言が飛ぶというものだ。
「コトリ様、こういうのは足を止めずに微笑んでおけばいいのですよ。本当にお人好しなんですから……」
「だって私にとっては珍しい物ばかりでつい目に留まっちゃうんだもん」
「では、購入されますか?」
「無理。今は金欠だから」
「お金ならいくらでもございますよ?」
「そうやって甘やかすのやめてくれる?」
しかもちょっと心が揺れちゃう自分が嫌っ! 金銭面で頼り出したらもう転げ落ちるように堕落しちゃう!
倹約、倹約……。
「コトリ様の場合、お金が使い放題だったとしたらここではいいカモですよね」
「言うじゃん……? 事実だけどさ」
実際、アレクサンダーがいなかったらどのお店でも商品を買っていたと思う。
もしかしたら使うかも、いずれ必要になるかも、なんて自分で言い訳してさ。
それで一度も使わなかった、なんてこと……実際にあったし。ああ、私ってどうしてこう押しに弱いんだっ!
ええい、切り替え! 今は貴族のお屋敷に向かっているんだから、シャキッとしないと!
「ところで、ヒンギス家は町の郊外にあるんだね。もっと街中にあるのかと思ってた」
「まぁ、あの賑やかさでは貴族の方は落ち着いて生活も出来ないでしょう」
「それもそっか。町の人たちだって、貴族が近くに住んでいたら緊張で騒がしくなんて出来ないよね」
うまく住み分けされてるってことか。それはどの世界でも同じだね。
別に差別とか区別とかそういうことを言っているのではない。お互いが快適に生活するために場所を分けているだけって話。
だって、もしこの町の活気の良さを見て貴族が気に入らないって思っていたら、いくら住み分けされていたとしてもすぐに露店販売を止めさせられているだろうし。
この世界や町のルールがどうなっているのかはわからないけど、普通はお店を出すのにも許可が必要だったりするもんね。
町の人たちが元気いっぱいで、露天も活気づいているのは、統治している貴族の器が大きいということ。
つまりこの町は良い町なのだろう。まだ表面しか見ていないけど、第一印象でそう感じる。
少しずつ町の喧騒が遠のいていった頃、ようやくお屋敷らしきものが見えてきた。
まだ離れているというのにこの存在感。近くにいったら圧倒されそうだなぁ。すでに帰りたい。
「さて、コトリ様。このまま向かうおつもりですか?」
「え? ダメ?」
「フェイビアンならなんて言うでしょうか」
「はっ」
その名前を聞いただけで背筋が伸びる。そして改めて今の自分の格好を確認した。
くたくたになった服、泥汚れもついたままの靴、適当にまとめただけの髪……。
「ダメすぎる!!」
「お気づきになられたようで何よりです」
旅の途中もずっとこんな格好だったし、ミハイルさんにもすでに見られている。……今よりは多少マシだったと思うけど。
着替えは何着か前の町で買っておいたし、洗濯も主にアレクサンダーがしてくれているし清潔ではある。
でもそもそも古着なので、旅や街中を歩くには問題なくても貴族のお屋敷に行く恰好ではない。
TPOですよ、大事なのは。そのくらいはわかる。
しかし、そんな装いは持っていないしどこで調達すればいいのかもわからない。
「執事界に、それっぽい服とか残ってないかな……?」
「あるにはありますが、男物であったり、女性の物でもサイズが合わないかと。正装は特にサイズが合っていないと急にみっともなく見えますからね」
「うっ、それはそう。あーっ! どうしよう!」
「コトリ様、ここはフェイビアンを呼んだほうがよろしいかと。私もそれなりに知識はございますが、あくまでもそれなりですので」
あ、そっか。適材適所っていうもんね。フェイビアンならいい案を出してくれるかも。
というかすべてお任せしたほうがいい気がしてきた。
「その意見、採用! じゃあアレクサンダーは一度戻ってもらえる? 落ち着いたらまた呼ぶから」
「ええ。お待ちしております。何日でも、何週間でも」
「根に持ってるじゃん……」
こ、今度は本当にすぐ呼んであげよう。これでまた数日後とかになろうものなら呼び出した時どれほど拗ねるかわからない。
ニコニコしているくせに最近はその微妙な表情の差がわかるようになってきたからね。圧を感じる。圧を感じるぅ!
アレクサンダーは胸に手を当てて一礼すると、素直に執事界へと戻っていった。私はちゃんと笑顔で見送れていただろうか。引きつっていた気はする。
まぁいい。気を取り直して!
「執事召喚、フェイビアン!」
可愛らしい魔法陣からゆっくりと麗しい執事が現れる。
うーん、現れ方も美しい。本当にずっと眺めていられる美しさだね。もはや芸術。
「お呼びいただき感謝するわ。で、今日は何の御用?」
ちょっと高飛車感のある喋り方も最高なんだよなぁ。彼に罵られたい人は一定数いそう。
ちなみに私は罵られたくはないからね? 授業中はめちゃくちゃ叱られるけど、ほんっとうに美人って怖いんだから!
だからついお伺いする感じで伝えてしまう。
「え、えっと。ヒンギス家へのお屋敷訪問前に戦闘準備をしたくて」
「……へぇ? そうね、あたくしに任せなさい」
うっかり戦闘準備と言ってしまったけどそれで伝わったみたい。
フェイビアンはにやりと好戦的に笑った。
な、なんかちょっと怖いんですけど? お手柔らかにお願いしますよ、本当に!!




