47 スタイリッシュ執事による厳しいレッスン
いつまでも見惚れてばかりいるわけにもいかない。
私は早速、これまでの経緯を簡単にフェイビアンに説明した。
「だから、今度ミハイルさんのお屋敷に訪問する時には最低限のマナーを身に着けておきたいの。失礼なことや恥ずかしいことをしでかさない程度に……!」
「あら、そんなことならお安いご用よ。いくらでも教えてあげるわ」
「本当!? 助かるっ!」
パッと両手を組んでそう言うと、フェイビアンはスッと目を細めて私を見た。
あ、すでに授業が始まっていたりする……? えーっと、えーっと。
「た、助かります……?」
「……指導のし甲斐がありそうなご主人様ですこと」
が、がんばります……。
早速、授業を始めてくれるというのでまずはお茶の飲み方から教えてもらった。ちょうどエミルが用意してくれたティータイムセットがあるからね。
お、音を立てないように……?
カップを置く時にさりげなく紅を親指で……?
もともと化粧の類はしてないからそこはいいか。
はっ、し、姿勢ですね!? すみません!
ひぃ、これ以上背筋は伸びないよぉ。
ぎゃ! ちょっと背骨が今ボキボキ鳴ったよ!?
あ、でもちょっとすっきりしたかも……?
ふぅ……あっ! フェイビアンの紋章は左手首に発見!
ふむ、その位置なら長袖を着ていれば目立たないからひと安心。
だってせっかくのファビュラスさが、ファンシーな紋章のせいで台無しになるのだけは嫌だもん!
あっ、はい! 足を揃える!
くっ、マナーの授業って普段使ってない筋肉使う~っ!
≪二十分後≫
疲労困憊でテーブルに突っ伏す私と労うエミル、そして相変わらず隙のない佇まいをしたフェイビアンが無言で立っている。
「今日のところはここまで。一度に詰め込んだって覚えられないでしょうし」
「お、お気遣い、痛み入ります……」
「意外とそういう言い回しはすんなり出てくるのね。今回のご主人様は、教養はありそう」
「普通だと、思います……」
女子大生になったばかりで社会経験もほとんどないし、漫画や小説で得た知識くらいしかないよ、私は。
それでも、フェイビアンに褒められたらちょっと嬉しいかも。え、えへへ、元気が出たよ。
「さ、どうぞ」
「っ!!」
ぐったりしていると目の前に紅茶の淹れられたカップが置かれて思わずピンと背筋を伸ばす。
するとフェイビアンはこほんと一つ咳をしながらツンとそっぽを向いて言った。
「……今は授業ではないわ。あ、あたくしだって、常にちゃんとしろだなんて言うつもりなくてよ!」
「本当!? はぁ~~~助かるぅ! でもなんでだろう。自然と背筋は少し伸びちゃう……」
「習慣がつけば自然と先ほどの姿勢が普通になるわ」
「そっか。貴族の皆さんは、こんなに大変な授業を受けてたんだなぁ。見方が変わりそう」
フェイビアンってば、やっぱりめちゃくちゃツンツンツーンとしているだけで根は優しいんだな。しっかりメモっておこうっと。
脳内メモしながらカップを口に近付けると、ふわっととんでもない良い香りが鼻腔をくすぐった。え、嘘。すごい高級感……!
「えっ、待って! ヤバ! 紅茶が美味しすぎる~っ!」
「あら、違いがわかるのね。やるじゃない」
「すごいよ、フェイビアン! こんなにおいしいお茶を飲んだのは初めて! あっ、もちろんエミルの淹れたお茶もすっごくおいしいよ!」
思わず絶賛してしまったけど、これまで飲んでいたお茶を淹れていたのはエミルだと気付いて慌ててフォロー。ちょっと露骨すぎたかな?
でもエミルは気分を害するでもなく、むしろ胸を張って得意げに口を開いた。
「先ほどお話したでしょう? 実はフェイさんが僕よりずっとおいしいお茶を淹れられる執事なんですよ! お料理もお菓子作りも裁縫も、とってもお上手なんです!」
「そうだったんだ。すごい、フェイビアンなんでも出来るじゃん」
「やめてちょうだい、エミル!」
一緒になってフェイビアンを褒めただけなんだけど……当の本人はあまり言われたくないのか強めの語気で止めてきた。あれ、なんだか地雷を踏んだ感じ……?
うーん、難しいな。今の誉め言葉のどこに地雷があったんだろう。
困っていると、そっとエミルが耳打ちしてくれた。
「フェイさんは、飯炊き婆になるのはお断わりよっ、てよく言っていて……でも僕たち執事に拒否権なんてありませんから」
「あー、察した」
つまり、美味しいお茶も、料理も、お菓子も、用意するのはやぶさかではないけど、当然のように全て命じられるのはフェイビアンにとって苦痛なんだ。
そりゃあそうだよね。当たり前のように作ってもらうんじゃ、嫌になるのもわかる。
感謝の気持ちを忘れずに。
私もうっかりアレクサンダーに頼りきりにならないように、って意識しているから、フェイビアンに対しても、もちろんエミルや他の執事に対しても気をつけるつもりだ。
とはいえ、フェイビアンのおいしい料理をいつかは堪能したい。というわけで!
「じゃあ、私が何か一つ上手く出来るようになったらご褒美に何か作ってくれない?」
「!」
「エミルがここまで絶賛するんだもん。私も食べてみたいから、ご褒美ならいいでしょ?」
「い、いいもなにも……あたくしはご主人様の執事だもの。命令されれば作るわ」
「やった! ありがとう! これなら学ぶ意欲もわくってものだよね!」
ご褒美があるとわかれば苦手なマナーや教養も頑張ろうって思えるもん。私は現金な女なのだ。
ふふふ、最初は何を作ってもらおうかなぁ。やっぱりスイーツかな……フェイビアンはなにが作れるだろう。くーっ、楽しみ!
「コトリ様ってばフェイさんの扱いがお上手です……」
「え? なにが?」
「ちょっとエミル! 適当なこと言わないでちょうだいっ!」
なんかよくわかんないけど、エミルとフェイビアンの二人は仲が良いってことはわかった。
それと、フェイビアンは照れるとファビュラスな上に可愛いってことも!
=====
スタイリッシュ執事
名前:フェイビアン
外見年齢:30代半ばくらい?
身長:175㎝ でももっと高く見えるのは姿勢がいいからかも。
必要魔力:3
茶髪のワンレンにばっちりメイクのオネエ様。見惚れちゃうくらい美しい。ファビュラス!
おしゃれ、マナー、教養などを教えてくれる。わかりやすい。
ツンツンツーンとしていて厳しいけど実はけっこう優しい執事。
でも指摘は鋭利なナイフより威力が高い。いつか死人が出そう。




