4 神様は配慮という言葉をご存じか
こうして一通り聞いておきたいことを全て聞き終えたところで、アレクサンダーは再び帰還していった。
魔力がもう1しかないからね。空腹も満たせたし、次は魔力が全回復するまで待とうと思う。
いつまでも森にいるわけにもいかないし、一番近い町を目指そうと思って。そのためには道案内が必要だから、休み休みアレクサンダーを召喚しながら進むつもりだ。
あと、護衛も兼ねて。よほど強い魔物でなければアレクサンダーが倒せるらしいからね。
っていうかやっぱり魔物だったんだね。似たような姿ではあったけど見たことのない生き物だったし、ファンタジーな世界だから薄々そんな気はしていたけど。
ここら辺には強い魔物はいないから大丈夫だって言われたけどさ、どんなに弱かろうが魚すら捌けない私に魔物を倒すなんて無理だし!
そりゃあいつかは慣れなきゃいけないのかもしれないけどさ。やだなぁ……。
せめて最初のうちは素直に執事に頼むことにするのだ。せっかくのスキルなんだから、活用させてもらいます。
「そういえば、あと一度召喚すればレベルが2に上がるんじゃないか、って言ってたっけ」
そうなれば魔力量も増えて、いちいち帰還せずとも一時間は召喚しっぱなしでいられるということだ。
この三十分は大きい。待機時間がたったの十分とはいえ、一人で待っている間は不安でしかたないからね。
いつ草むらから角ウサギが飛び出してくるかってヒヤヒヤする。
召喚を繰り返しながら少しずつレベルを上げていけば、その分執事も長い時間召喚し続けられるようになる。
レベルの低いうちは上がるのも早いっていうし、希望が見えてきた。頑張ろう。
ちなみに、執事を召喚している間は魔力を回復しないのではなく、一般的なスピードになるのだとか。
つまり、約三十五分に1ずつは回復してくれるってことだね。それを聞いて安心した。
いずれは一日中とどまっていられる時がくるかも。
異世界に一人って心細いから、できるだけ早くそうなりたいな。
「最初はスキル執事召喚なんて、って思ったけど。……結構イイかも」
まず、一人じゃないってところがとてもいい。さらに絶対的味方というところも。
その上、甲斐甲斐しくお世話までしてくれるんだもん。
ダメ人間になりそう。ただの一般人なのに自分がお嬢様だっていつか勘違いしそう。執事万歳。
そうこうしている間に全回復したのですぐアレクサンダーを呼ぶ。
「ま、また私の名前を呼んで……っ!?」
また同じことで感激していたけど……それ毎回やるの?
でも一度目より冷静になるのが早い。アレクサンダーは私を見ると何かに気付いたように微笑み、小さく拍手をした。
「レベルが上がったようですね。おめでとうございます!」
「え? あ、本当だ! なんでわかったの?」
「執事ですから」
「理由になってなくない……? まぁいいや。じゃあ次は延長してね、アレクサンダー」
「ああっ、コトリ様が私をとても必要としてくださっている……! もちろんですとも!!」
この大げさなリアクションにも少しずつ慣れていこう。
でも人前ではやめてほしいから念を押しておかないとね。さすがに誰かに見られるのは恥ずかしすぎる。
アレクサンダーは私が歩きやすいように草をしっかり踏み、枝を切りながら森を進んでくれた。
街道に出るまでは道なき道みたいな場所も通るみたいだからね。
なんでそんなところに転移するのか。もう少しなんとかならなかったのか。
でも草をかき分けなくてもすでに通りやすい道もあった。
薬草の採集とか、素材集め、魔物を討伐する人が多いからなんだって。すごい、ファンタジーっぽい。
「でも、その割には誰とも会わないよね?」
「ああ、それは」
それだけ森に来る人が多いというのに誰にも会わないのが不思議で疑問を口にすると、アレクサンダーはこともなげに告げた。
「二日前、落石があって道が塞がれているからですね」
「それって私たちも通れないんじゃ」
人がいないということは誰も森に来られないってことじゃん。
つまり森スタートな私は町に行けないってことじゃん。
なんでそんなあっさり報告するんだ、アレクサンダー。
しかも落石があるのは町から森に続く時に必ず通らなければならない小さな渓谷なのだそう。
森だけでなく、町の西側にある他の町からも人が来られなくなっているから、今は近くの町でその対応に追われているのだそうだ。
いや、ほんと。なんでこんな時に転移なんてしたんだろうね……?
神様、ほんの少しタイミングをずらすとか、場所を考えるとか、そういう配慮は難しいのでしょうかね?
「大岩らしいですからねぇ。そんじょそこらの力自慢じゃ撤去に数日かかるでしょう」
「じゃあ、それまで私も森で待ってなきゃいけないってこと? うぅ、屋根のある場所で眠りたいよぅ」
「いつでもテントをご用意いたしますよ!」
「そういうことじゃなくて! ……ううん、贅沢なんて言ってられないよね。ごめん、ちゃんと我慢する」
魔力が心もとないから、夜間にどうしても一人でいる時間ができてしまう。それが怖いのだ。
アレクサンダーがいる間はいいけど、一人でいる間の十分程度に何か起きたらって考えずにはいられないのだ。そう、ビビりなんです。
「コトリ様は人格者であらせられますね。もっとキーキー怒って当たり散らしてもいいのですよ?」
「嫌だよ。なんでそんなワガママお嬢様ムーブしなきゃいけないの」
「ワガママお嬢様でも私は一向に構いませんよ! どんなご主人様であろうと、私がコトリ様にお仕えすることは変わりませんからね!」
それって、酷い扱いをされても我慢するって言ってる?
あれ、もしかして……過去にそういう主人がいたこともあるのかな。それでもアレクサンダーは変わらぬ態度で仕えていた、ってこと?
なんか、そういうのは……ちょっと嫌だな。
精霊みたいなものだって言っていたし、人間とは感覚が違って本当に平気なのかもしれないけど。
やっぱり嫌だ。モヤモヤするし。
なにが嫌って知らない間に自分が傲慢になってしまいそうなことだよ。嫌な人間にはなりたくない。
「ありがとね。でも私はもし間違ったことをしていたら教えてほしいし、時には叱ってほしいよ。提案があればどんどん言ってほしいしね」
「なんて尊いお言葉……! コトリ様と出会ってからというもの、私はすでに何度感動したかしれません」
それはアレクサンダーが感動しすぎなんだと思うよ。言っても無駄な気がするから黙ってるけど。
「では、早速お言葉に甘えてご提案してもよろしいでしょうか」
「え? うん、いいけど……」
急に話の流れが変わって驚いたけど、提案ってことは今後について何かいいアイデアがあるってことだよね。それはぜひ聞きたい。
アレクサンダーはこほんと一つ咳をすると、人差し指を立てて笑顔で告げた。
「もう一人、新しい執事を召喚するのはいかがでしょうか?」




