38 執事の掟と暗黙のルール(sideアレクサンダー)
コトリ様がお休みになり、私とエミルは時間が来るとともに執事界に戻りました。
エミルはとても名残惜しそうでしたね。予想通りの反応です。
「ご主人様、すっごく優しかったぁ~~~!」
「私としてはやっとエミルを召喚してもらえて安心しました」
「ボクの心配してくれたの?」
「まさか! 執事界に戻る度にしつこく質問されるのがめいわ……大変だったからです」
「今、迷惑って言おうとした……! ふーんだ、でもいいんだ! やっと会えたから!」
相変わらず、エミルは二面性のある執事です。
とはいえ、これは自分の心を守る処世術のようなものなのでしょう。
力も体力も防御力もない者は、主人に嫌われないようにすることでしか身を守れませんから。
前の主人の時は、よく囮にされてボロボロになりながら強制帰還してばかりでしたし、今は特にその癖が残っているのかもしれません。
「ご主人様の前でも、そのように振る舞えばよろしいのに」
「や、やだよ! 嫌われたり生意気だって思われたらやだもん……」
「あの方なら、そうはならないと思いますがねぇ……」
ほぼ確実に受け入れてくださるでしょうね。
けれど、これ以上は言うことが出来ません。
主人のことは執事それぞれが見極めなければなりませんから。
まぁ、伝えることが出来たとしても、わざわざ教えてやるほど私も優しくはありませんけどね。
「ふん、エミルは簡単に絆されたようね」
興奮するエミルを見ていると、背後からやけにツンとした声が聞こえてきました。
この執事もまた、攻撃や防御、体力の少ない執事ですから相当きつい思いをしていましたね。
ただ彼はプライドが高く、主人に対しても臆せず正論をぶつけるような者ですから、嫌われてあまり召喚されないこともありました。ある意味で幸いだったと言えるかもしれませんね。
さて、この執事とコトリ様が会ったらどうなるでしょうか。
いえ、考えるまでもありません。
「きっと貴方も時間の問題ですよ」
「ふん、あたくしはそう簡単にはいかないわ」
「では、そういうことにしておきましょう」
ツンとした執事はそれだけを言い残し、さっさとこの場を離れていきました。
本当は気になっている癖に、素直ではありませんねぇ。どうでもいいと思っていたらわざわざこちらに来なかったでしょうに。
エミルが心配だったのなら、そう言えばいいのに困ったものです。
「ねぇ、アレクサンダー。ボクは消費魔力も少ないし、みんなよりもたくさんご主人様と一緒にいられるよね!」
「そうですねぇ。そのうち、抱き枕にでもされるかもしれませんよ?」
「一緒に寝てもらえるってこと!? ど、どうしよう……」
恥ずかしがってはいますが、嬉しさが隠しきれていませんね。
まだ子どもですから、可愛いものです。
「今回のご主人様なら、俺たちはあまり呼ばれんかもしれないなぁ」
「ん。でもそれで、いい」
いつの間にかバリーとチャズが近くに来ていたようです。
たしかに、コトリ様は血生臭い戦いは苦手なようですから、この二人の役目は少ないかもしれませんね。
「前回は酷かったからなぁ。ずっと魔物を狩ってばかりで。チャズはひたすら戦ってたもんな」
「バリーも、ひたすら壁にされていた」
「そうだなぁ。あれは……きつかったなぁ」
「……ん」
二人が思い出すように顔を歪めています。
前回は戦闘に有利な執事の出番が非常に多かったのを私も覚えています。
当然、私もよく呼び出されては強制帰還になるまで戦わされたものです。
「オレちゃんもずーっと走らされたなー」
「ドムは逃げ切れるからあんまり呼ばれなかったじゃないですか」
「まーね☆」
「いつも一番大変なのは、アレクサンダー」
「え、私ですか?」
普段あまり喋らないチャズにそう言われ、驚いて目を見開いてしまいます。
すると、バリーも同意を示すように頷きました。
「毎回、どんなご主人様かわからんというのに、動揺もせず、いつも変わらぬ態度でお仕えしているからな。必ず最初に召喚されるってのもきついだろう」
「そうですかねぇ? 特に何も思ったことはありませんが」
いえ、思うところはありますけどね。表に出さないのはもはや癖のようなものなので。
笑顔で答えていると、ドムが軽い調子でそんな私の表情を崩すような一言を告げました。
「さすがは詐欺師って感じだよね!」
反射的に身体が動き、ドムの胸倉を掴んでいました。
考えるより先に身体が動いた、と言いましょうか。
——こいつは、言ってはならないことを口にした。
「っ、ぐ」
「……罪状は互いに言わない約束だ」
思った以上に低い声が出てしまう。このまま殴り倒してやろうか。
その時、チャズが私とドムを引き離しました。
ドムが向かい側で咳きこんでいるのが見えます。ああ……冷静さを欠いてしまいましたね。
「アレクサンダー、よせ。執事同士の諍いはルール違反だ」
「……わかっていますよ」
バリーに言われ、小さくため息を吐きながら答えます。
頭ではわかっていても、触れてはならないことに触れられては頭に血がのぼってしまうのは避けられません。
精霊とやらになったのなら、そのあたりの感情の制御もすんなり出来ればいいのに。
そこは人間だった時と変わらないなんて。
執事同士の諍いはルール違反。しかし罪状を言うことはルール違反ではありません。
余計な争いを生まないためにも、互いに言わないというのは私たちの間での、暗黙の了解でしかありませんでした。
「ドムは、悪気がない」
チャズの言うこともわかるからこそ、苛立つのです。悪気がなければ何を言ってもいいわけではありませんから。
すると、他ならぬドム本人が私のもとにやってきて頭を下げてきました。
「執事界でなら大丈夫かと思って。……ごめん。謝るっす」
「……はぁ。こちらこそ、カッとなってしまい申し訳ありませんでした」
謝られては許すしかなくなります。内心では許せませんが、争うわけにはいきませんから仕方ありません。
「少し、頭を冷やしてまいります」
私はそう言い残し、みんなから距離を取りました。
いまだに、罪状が頭にこびりついて心がざわついていましたから。
私たちは、元々人間でした。
それも、罪を犯した元人間。
償いをしたいと願い、全てのルールを了承した上で執事となり、こうして償い続けている。
けれど私たちには人間だった時の記憶が一切ありません。
どんな罪を、どんな相手に、どんな状況で犯したのか、なに一つ覚えていないのです。
それでいて罪状だけは執事たちに共有知識として教えられています。
最低限の、執事のルールとともに。
はたして、私たちが罪を償い終える日は来るのでしょうか?
おそらく、真なる主人の存在が鍵なのだろうということはわかるのですが……。
今のところそれは、誰にもわからぬことです。




