23 大きな落とし物
採集にも慣れてきた私は、近頃ようやく生モノを扱うようになった。
そう、魔物だ。もちろんまだ倒せない。そこはアレクサンダーに頼んでいる。
じゃあ何をしているかというと。
「ひぃぃ……うぇぇ……ひゃあっ、ひぃん……」
「コトリ様、何も無理をしなくても」
「で、でも、このくらい出来るようになっておかない、と、ひぇぇ……」
そう、解体である。
血抜きして皮を剥ぎ、素材を取って持っていかないとお金にならないからね。採集だけじゃ稼げる金額にも限界があるし、冒険者として避けては通れない道だもん。
しかしグロい……! これ、慣れる日が来るのかなぁ?
「お疲れ様でございました。子どもでも数分で終わる作業をこんなにも時間をかけて……本当によく頑張りました」
「はぁ、はぁ。余計な言葉は、挟まなくていいんだよ、アレクサンダー」
アレクサンダーが渡してくれたナイフの切れ味がいいからそこまで力は使わないけど、緊張からか腕が筋肉痛になりそうだ。
それ以上に精神的疲労でアレクサンダーへのツッコミも勢いが足りない。突っ込ませるようなことを言わないでよね……。
でも、丸一日アレクサンダーが狩ってきた小動物系の魔物を解体していたから、だいぶ上達はしたと思う。
最初の一匹は本当に酷い有様だった。チャズの解体より酷くて、原型を留めてなかったんだよね。命に悪いことした。
それでも最後のほうはかなり上手だったと思う。
少なくともチャズよりはね! 引き合いに出してごめんね、チャズ。
「よーし、今日は帰ろう! うぅ、お風呂に入りたい」
「ご用意できます」
「マジか。さすが有能執事、アレクサンダー!」
「んっふふふふ、それほどでも……ありますけどね!!」
素直だな。正直、お風呂に入れるのはめちゃくちゃ助かるので、この程度で喜んでもらえるならいくらでも褒めるよ。
あとお風呂に入れるというだけで私の満足度は鰻登りなので簡単に執事たちの栄養を賄えます。
へとへとだったけどお風呂のことを考えるだけで元気が出る。
鼻歌でも歌って帰りそうになったその時、道のど真ん中に大きめなカバンが落ちているのを発見した。
「こんなところに、カバン……?」
なかなかの大きさのカバンが道端に落ちているとか……どんな状況?
首を傾げていると、アレクサンダーがカバンを見下ろしながら言った。
「どうやら、冒険者の落とし物のようですね」
「こんな大きな物を落とすの?」
「やむを得ない状況だったのかもしれませんよ。ほら、オーガが現れた時のような」
ああ、それなら大荷物なんか投げ捨てて逃げるよね。
このカバンも中身が少し飛び出てるし、雑に転がっているし。持ち主は無事なのだろうか。
「これってどうしたらいいの? 本人に届けたほうがいいよね?」
これだけの大荷物、なかったら困ることも多いんじゃないかな。
日本だったら交番に届けるとか、近くのお店に言ってみるとかも出来るんだけど。
……ん? 何? アレクサンダーが目を見開いてこっちを見ている。
「なんで驚いた顔してるの」
「いえ。こういう場合は拾った人の物になるのが普通でしたので」
「ええ? あ、そういえば、財布を落として持ち主の手元に戻るのは日本くらいだ、って聞いたことあるなぁ……」
そうか、落としたら持ち主のもとにはまず返ってこないっていうのがこの世界でも常識って感じなのか。
郷に入っては郷に従えとはいうけど、きっと困るだろうなぁって持ち主に同情する気持ちはどうにも消せない。
いずれにせよ、これをそのまま見なかったことにするのは無理。何かしらしてあげたいな。
「気になるのでしたら冒険者ギルドに届けるのがいいかもしれません。ですがここは拾った者が持ち物の権利を得るような世界です。私が魔法で収納して運んだとしても、ギルドでコトリ様が持ってきたことを知られたら持ち主によっては厄介ごとに巻き込まれる可能性はあります」
「えぇ、それは嫌だなぁ。本人に返したいだけなのに……」
「本人が後で取りに来る予定だった、ということも考えられますから」
あー、それはありそう。取りに戻ったのにそこになかったら絶望するよね。
しかも私のステータスは運が高い。ついこの間、運がトラブルを引き寄せやすい面もあると知った今、迂闊に手を出せないかも。
結果的には私にとって良い運をもたらすとしても、そこに至るまでのトラブルを避けたいんだよ、私は。
「取りに来るのを願ってそのままにしたほうがいい、かな?」
「ええ、それでもいいと思います。他の誰かに持っていかれる可能性も高いですが」
「うぅぅぅ、どうしたらいいの!」
アレクサンダーが告げるあり得る可能性の数々が恨めしいっ!
もはやカバンを見つけてしまった時点で思い悩むことは決定していたのだ。くぅっ!
「じゃ、じゃあさ! ここに置いておくのはどうかな?」
「いいと思います。なくした本人なら気付くでしょうし、通りすがりには見つけにくいかと」
苦肉の策として道の脇にある背の高い草むらの中にカバンを置いておくことにした。
本当にただの気休めなんだけどね。放っておくことは出来ない癖に、もめ事には巻き込まれたくない私の精一杯だ。保身に走ってごめんね、持ち主さん。
一応、冒険者ギルドに戻ったらカバンのことを報告しようと決めて、後ろ髪を引かれる思いで私たちはその場を後にした。
◇
「うわぁぁぁ! おしまいだぁぁぁ!!」
冒険者ギルドに到着すると、ドアを開けたのとほぼ同時に女の子の絶望の叫びが耳に届いた。
な、何事!?
女の子は受付の前で床に座り込み、両手をついてまさしく絶望の体勢だ。
本当に何があったの……?
今日の成果と報告もかねて別の受付にいくと、そこにはマルコさんが。
手際よく素材の換金をしてもらいながらちらちらあの女の子を見ていたら、マルコさんが苦笑しながら事情を教えてくれた。
「なんでも、夢中になって魔物を追いかけていたら道端にカバンを置いたまま獲物だけ持って帰ってきたらしくて……」
あっ、心当たりがありすぎる……。
再び向こうに視線を向け、涙でぐしょぐしょになった女の子と受付のお姉さんの会話に耳を傾けた。
「うっ、うっ、もう誰かに拾われてますよねぇ……全財産が入ってたのにぃ」
「なんで全財産なんてカバンに入れてるんですか」
「預けるほど持ってないからですよぅ」
「はぁ……。いずれにせよギルドには届いていません。カバン探しの依頼を出すしかないですね」
「それはそれで報酬が支払えないよぉ!!」
うわーん、と今度は大声を上げて泣き出した女の子から無理矢理視線を外し、換金を終えてくれたマルコさんに笑顔でお礼を告げる。
笑顔を張り付けたままぎくしゃくと冒険者ギルドを後にし……アレクサンダーを人気のない路地にグイッと引っ張り込んだ。
「アレクサンダー」
「ええ、間違いなさそうですね」
飄々と答えるアレクサンダーにイラっとする。
そして、完全なる八つ当たりでアレクサンダーに壁ドンしてやった。
「選択を、間違えた……!」
「あっ、ちょっときゅんとしましたよ、私。これ良いですね? コトリ様からの壁ドン……」
「ときめくな」
うああああ! 失敗したぁぁぁぁ!!




