20 アレクサンダーの胸の内(sideアレクサンダー)
コトリ様がこの世界にいらしてから二週間と少しが経過しました。
長かったようで短くも感じる、不思議な気分です。
執事召喚のやり方にも慣れ、生活にも慣れ、ご自身でお金を少しでも稼げるようになったことで精神的にも落ち着かれたように見受けられますが……その分、時々思い悩むようにぼんやりされる姿も見られるようになりました。
「これまでの主人と同様、故郷のことに思いを馳せる頃なのでしょうね」
「ああ、コトリ様にも来ちまったんだなぁ。その時期が」
私の呟きをバリーが拾って同意を示しました。
人によってその後のご様子は異なりますが、大抵は不安から急に泣き出したり、怒り出したり、かなり情緒不安定になります。
ここが、ご主人様の本性が現れる第一の分岐なのだろうと我々執事は考えているのです。
「いいなぁ、ボクもはやくご主人様に会いたい。いつ呼んでもらえるのかな……」
我々の中で一番外見年齢の若い小柄な執事が口を尖らせています。
私もそれとなくコトリ様に申し上げているのですが、なかなか頑固な方なのですよ。
と、それを言うわけにもいかないので、私は当たり障りのない返答をしました。
「ちょうど不安定な時期ですから。それを越えるまでは呼ばれないほうが様子見が出来ていいかもしれませんよ」
「そうかもしれないけどぉ。召喚されたことのある君たちみんなちょっと嬉しそうなんだもん」
「そうですか? 普段と変わりないと思いますが」
「アレクサンダーはずっとそのテンションだけど、チャズとかわかりやすいじゃん」
ああ、チャズ。彼は無表情で無感情に見えて割とわかりやすいですからね。
と言いますか、悪意にはとても強いのですがコトリ様のように天然な善意を向けられることにとことん弱いのですよね。
恐らく、どう反応していいのかわからないのでしょう。
これまでの主人には、ひたすら魔物の討伐をさせられたり、暴言を吐かれたり、親切な主人がいたとしても怖がられてばかりでしたから、余計にどう反応したらいいのかわからないかもしれませんね。
一応、私もこれで毎回コトリ様には動揺しているんですけどね。
なぜあんなにも親切なのでしょうか。憎まれ口を言い合いはしますが、こちらを気遣うことを絶対に忘れないなんて。
『二度と! あんな怪我するような選択しないで!!』
せっかくご自身で稼がれたお金を、私のための救急道具を揃えるために全て使うなんて。
ここまで心を動かされたのは初めてのことでした。
正直に言いますと、私はすでにコトリ様が大好きです。
お仕えするご主人様がコトリ様でよかったと、心から思ってしまっています。
だからこそ、不安定になったコトリ様が今後どう変化するのかが恐ろしい。
「……大体この時期から、主人は豹変する」
「だなぁ。あの主人なら大丈夫な気はするが、毎回そう思ってきたからなぁ」
チャズとバリーの話が胸に突き刺さります。
そう、今度こそ大丈夫。この甘い考えを何度裏切られてきたことでしょう。
人間とは、精神的に追い詰められた時に本性を現すもの。
コトリ様も例外なく、次第に心が疲弊すれば本当の彼女が姿を現すのでしょう。
しかし我々に逃げ道はない。どんなご主人様でも向き合い、ひたすらお仕えすることしか出来ないのです。
けれどコトリ様にはどうしても期待してしまう。
また裏切られ、絶望したとしてもそれで良いとさえ思ってしまうのは、あまりにも諦めの悪い私の性なのでしょうねぇ。
「おや、呼ばれたようです。いってきますね」
「いいなぁ、アレクサンダーばっかり……」
「ふふ。きっと今のうちだけですよ」
あらゆることをそつなくこなせるスタンダード執事は、いつも最初に呼ばれます。そのため、頼られがちなのです。
しかしそれも最初のうちだけ。
あらゆる能力に特化した執事と出会えば、私が呼ばれる回数も減っていきますからね。
……今回ばかりは、少々寂しく思いますが。
さぁ、コトリ様。今私が行きますよ。
出来ることなら、貴女の悩みを打ち明けていただきたいものですが……そう簡単にはいきませんよね。ええ、わかっていますとも。
私は一執事として、コトリ様に寄り添い、でしゃばらず、ただ見守って──
「アレクサンダー、聞いてほしいことがあるんだけど」
「はい、なんでございましょう?」
「私ね、やっぱり元の世界に戻りたいみたい。手段がなくても諦めきれなくてさ。だから……一緒に考えてくれない?」
──ただ見守る、だけのはずでしたが。
聞き間違いでしょうか? 今、なかなか重い問題をコトリ様から相談されましたか、私は?
「……失礼。あの、コトリ様にとって今のはなかなか重大なお悩みだったかと思うのですが、そんなにあっさりと私に教えてくださって良かったのですか?」
きっとこれまでの主人同様、一人で考えて、思い悩む期間があると思っていたのですが。
これは誤算です。真っ先に相談してくださるとは。
あまりにも意外なお言葉に、私も動揺してしまいました。
一方、コトリ様はきょとんとしたお顔で首を傾げながら答えてくださいました。
「一人で悩んだって答えなんか出てくるわけないじゃない。ましてや世界の移動なんてわかるわけないでしょ。それなら、少しはこの世界や魔法を知ってる執事に聞くのが一番手っ取り早いよね?」
「そ、その通りではございますが……人間とは、そうして思い悩む生き物なのでは?」
それに、これまでも少し悩む素振りを見せていたではありませんか。
それとなく聞いたこれまでの生活についても、結局はっきりとは答えずに意味深な笑みを残しただけでしたし!
だからこそ私は、気を遣ってあまり触れないようにしていたというのに。精一杯配慮していたのですよ!?
「悩むよ、そりゃあ。でも、自分の中で答えが出たらあとは相談一択じゃん」
「……お答えが出た、と?」
「うん。私さ、この世界のことが少しだけ好きになってきてるんだよね。これ以上信頼できる執事を召喚することで、みんなと離れたくなくなってさ。それで帰りたくないって思うようになるのが怖くて……」
「だから新しい執事を呼ぶのを躊躇っていた、と?」
なんていじらしい……。庇護欲、というのでしょうか。コトリ様をお守りせねばという気持ちが高まりました。
それからコトリ様はパッと笑顔になり、続けて語りました。
「まぁね。でもその時はその時だなーって。人生出会いも別れもあるものじゃん? 色々考えたけど、やっぱり元の世界に戻ることを諦めたくないし、もう迷わないよ」
「迷ってらしたんですか」
「迷ってたんだよ、これでもね」
お心を隠すのがお上手すぎませんか。こんなにもぽやぽやしておいでなのに。
「もし……もし、ここで私に、元の世界に戻る手段はないと言われたらどうするのですか!」
聞くべきではない質問だったと思います。執事としてあるまじきことを口走りました。
けれどあまりにも悔しいと申しますか、コトリ様が悩んでいたことに気付けなかった自分に……ほんの少し、苛立ってしまったのでございます。
そんな私の心情など知りもしないコトリ様は、やはり軽い調子でこう答えました。
「絶対に手段がないって、私が納得出来るまでは探すつもり。この世界でのんびり旅でもしながらね。ほら、私には執事がいるからさ。焦らず優雅に異世界を歩くのもいいなって思ってるよ」
そんなふうに、へらっと笑って言うのはずるいと思います。
なんなのですか、貴女は。
「〜〜〜っ、わかりました! お任せくださいっ! そのための執事ですからねっ!」
「え、何? アレクサンダー、怒ってる?」
「怒ってなどおりませんっ」
「じゃあ……照れてる?」
「てっ、照れてなどおりません!!」
私はただ、コトリ様がお悩みの時に力になれなかった上、心配までさせてしまい、しかも知らない間に乗り越えていらっしゃるのが悔し……嬉しいだけです!!




