2 スタンダード執事によるお授業
アレクサンダーはどこから用意したのかテーブルにテーブルクロス、イスとティーセットを用意すると私を座らせてくれた。し、執事っぽい。
「ではまず、メモのご用意を。大切なことから一つ一つ説明してまいりますので」
「あ、はい」
なんだか授業が始まったような感覚だ。まぁいい。
紅茶を一口だけ飲んでからタブレット端末を起動させ、メモ帳を開く。
一応、タブレットに搭載されている機能はそこそこ使えるようだ。さすがに電波がないからネット通信系は使えないけど。
にしても紅茶美味しいな? 香りが豊かな気がする。クッキーも美味しい。がっついて食べないように少しずついただくことにしようっと。
メモ帳を起動させたのを確認したアレクサンダーは、これまたどこから用意したのかホワイトボードを用いて注意事項と書き始めた。
異世界の文字っぽいけどなぜか読める。こういうところは異世界転移ものっぽい手厚さを感じるね? 助かるけど。
というかその前に。
「異世界にもホワイトボードがあるんですね」
「いえ、ございません。こちらはまぁ、備品と思っていただければ」
「備品」
美しい姿勢で胸に手を当て一礼をしたアレクサンダーは、ニコッと笑って「続けても?」と聞いてきた。
ああ、脱線してごめん。もう話に集中するから。
「まず、私たち執事を召喚するには魔力が必要ですが、一度の召喚で我々がとどまっていられるのは三十分です」
「え、短い」
「はい。ですが我々はコトリ様の残り魔力の量を考えた上で、さらに魔力をいただくことで延長してとどまっていられます」
延長は執事の判断で自動的に行われるけど、私が帰還を命じればすぐにでも帰るという。
ただし、三十分経っていないからといって魔力が戻ってくるわけではない、と。召喚するのにかかる魔力って考えればいいね。
「とはいえ、無制限ではございません。再度魔力をいただく際に魔力がなくなってしまう場合は延長できなくなります。魔力の枯渇はコトリ様のお身体に負担がかかってしまいますからね。我々はどんな状況でも魔力が1残るように各々で延長と帰還を選択いたします」
「それは助かります!」
「ただ、魔力は常に5ほど残してほしいという要望がコトリ様からあればそのようにいたしますし、都度帰還してほしければそのようにいたします」
なるほど、そのあたりは私が決められるってことか。設定みたいな?
うーん、そうだなぁ。
「魔力も少ないし、今のままでいいかな。1になったら帰還で頼め……ます?」
「もちろんでございます。あ、敬語や名前に敬称などは不要ですよ。コトリ様はご主人様でございますから!」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えようかな。ありがとう、アレクサンダー」
「はぁっ!!」
「え、何」
私がお礼を言うと、アレクサンダーは急に胸を押さえてその場に片膝をついた。何事!?
「コトリ様に名を呼ばれるばかりか、お礼まで言われるだなんて……っ! このアレクサンダー、幸せで死にそうです!」
「さっきから大げさだな!?」
「大げさではございません! 私、コトリ様に忠誠を誓っておりますゆえ!!」
「出会ったばかりなのに誓って大丈夫!?」
こちらの言葉を聞いているのかいないのか、アレクサンダーはしばらく悦に浸っていた。
ま、まぁいい。味方でいてくれるというのなら心強いのは間違いないし……。
居た堪れない思いをするだけで無害どころか助けになってくれるというのなら、むしろありがたいもん。
さて、アレクサンダーが自分の世界から帰ってくるまでもう少しお菓子を食べようかな。
んんっ、マドレーヌおいしっ。これ良いヤツだ。大事に食べよう。
「ところで……この紅茶やお菓子ってどこからきたの? テーブルやイスもそうだけど……」
「もちろん私がご用意いたしました! コトリ様を疲れさせ、飢えさせるような真似をするわけないではありませんか。執事ですから」
「執事ってそんななんでもするような存在だっけ?」
しかも聞きたいのはそういうことじゃない。出所が気になるんだよ。
安心してお召し上がりくださいってニコニコしているし、今はその言葉を信じるしかないけどね。
「ああ、大切なことをまだお伝えしていませんでした。召喚についてですが、スタンダード執事である私を呼ぶのに必要な魔力は5です。というわけでコトリ様」
「えっ、あ、はい」
「そろそろ三十分が経過しますので私は一度帰還いたします」
「え? あ、そっか。私の魔力は10しかないから、延長すると魔力がなくなっちゃうんだね」
「素晴らしいっ! ああっ、コトリ様はなんと聡明なお方……冷静に、そして真剣に話を聞いてくださいますし、質問も的確。私のような者にも目を合わせてくださる優しさ! その上、とんでもなくお可愛らしい! 私はコトリ様のようなご主人様に出会えて心から幸——」
「あっ、痛ァッ!!」
消えた。三十分経っちゃったんだ。
しかもこれまであったテーブルやイス、お茶やお菓子もみーんな消えてしまった。
つまり私はその場で盛大に尻もちをついてしまったわけだ。いったぁ……。
目の前に広がるのは森の景色。今までの光景は夢だったのかなって思ってしまうほどだ。
くっ、そういうことならしっかり食べておけばよかった……!
なんて後悔していたって仕方ない。何度も言うけど私は切り替えの早い女なのだ。
痛みもあるし、夢ではない。メモしたこともそのまま残っているしね。
考えを整理しよう。えーっと、そうなると。またアレクサンダーを召喚するためには……魔力がせめてあと1回復するまで待たなきゃいけないってわけね。
うぅ、中途半端に食べたから余計にお腹空いたかも。でも、消えるからって食べたものがなかったことになるわけじゃなさそうでよかったよ。
それに1ならすぐに回復するかもしれないしね。時間を計ってみようかな。
ついでにタブレットのメモを整理しながら待つとしますかー。
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【スタンダード執事】
名前:アレクサンダー
外見年齢:20代後半くらい
身長:180㎝超えてそう
必要魔力:5
黒髪をオールバックにしたザ・執事。やたらお喋りでいちいち大げさ。
ただ物腰柔らかで所作も丁寧。なんでもそつなくこなせる印象。
若干の胡散臭さを感じるけど、それはそれとして頼りにはなりそう。
【注意事項】
・一度の召喚でとどまることができる時間は30分
・用意してくれた物は帰還とともに消える
・常に魔力が1残るように配慮してくれる
・こちらがなにも言わず、魔力もあるようなら自動的に延長する




