17 精一杯の罵倒
魔法陣が現れ、ゆっくりアレクサンダーが姿を現していく。
こんなに時間がかかったっけ? 気が急いてるからか、いつもよりずいぶん時間がかかっている気がした。
そうして姿を現したアレクサンダーは──
「おっ呼びですか、コトリ様ぁ! あっ、そうそう。ご生還おっめでとうございまーす!!」
──ものすごく明るく元気にクラッカーを鳴らしながら現れた。
乾いたクラッカーの音と共に紙吹雪が頭上で舞っているけど、私の頭は理解が追い付いていない。
……どういう、こと?
「おやぁ? どうしましたか? チャズからコトリ様が無事だということは聞いておりましたが……私、心配で心配で仕方ありませんでしたよ! ああ、よくぞご無事で。お怪我などもないのですよね? ……あの、コトリ様?」
あまりにも私が無反応だったことが気になったのだろう。
笑顔で上機嫌だったアレクサンダーは急に心配そうに私の顔を覗き込んできた。
いや、心配していたのは私のほうなんですけど。
「……アレクサンダーは無事、なの?」
「ああ、私のことですか? あまりそういうことを言わせないでくださいよ。ご主人様の前で無様に敗北してしまったというのに」
バツが悪そうな顔で苦笑いするアレクサンダーの胸倉を両手でガッと掴む。
「無事なんだね!?」
「っ!? え、ええ。我々執事は、執事界に戻れば勝手に怪我が治りますので。そもそも『死』という概念が存在いたしませんから」
執事界? なんだそりゃ。まぁ送還するなら帰る場所くらいあるか。
なんかよくわかんないけど、とにかく無事なんだね? アレクサンダーは怪我一つない状態なんだね!?
「ぅ、わぁぁぁん!!」
「!?!?」
一気に力が抜けて、その場に座り込んで泣いた。
小さな子どものように大声を上げて。
珍しくアレクサンダーが酷く動揺した様子を見せているけど、それをまじまじと堪能する余裕も今はない。
「い、いかがされましたか!?」
「無事でよかったよぉ……私、アレクサンダーが死んじゃったかもしれないって……うっ、召喚した時に怪我が酷かったらどうしようって……ぐすっ」
「コトリ様……」
本当に怖かった。
異世界にたった一人で召喚されて、途方に暮れていた時に初めて召喚した執事がアレクサンダーで。
やたらうるさいけど、なんだかんだと世話を焼いてくれて、側にいてくれる存在が本当にありがたくてさ。
なのに、こんなにすぐにお別れになっちゃうの? って。私のせいで大怪我したり、死んだりしたらどうしようって、怖くて怖くて堪らなかった。
目の前で元気な姿を見せてくれていても、あの時の血まみれなアレクサンダーが脳裏に浮かんで、もう、もう……!
「ああ……お湯に、傷薬や飲み薬、包帯もこんなに……コトリ様。私のために用意してくださったのですね」
「うぅっ、ぐすっ」
「こんなにも泣かせてしまうなど執事失格です。事前にお伝えしておくべきでしたね。我々は死ぬことはない。怪我をしてもすぐに治りますから問題ないと」
片膝をついて反省したようにぺらぺら喋ってるけど、違う。そうじゃない。
「問題なくないっ!」
涙声になりながら叫ぶ。
アレクサンダーはまた目を丸くして戸惑っているけど、そういう態度が腹立つんだよ。
問題ない? 大有りでしょ!
なんで平気そうにするの。精霊だったら何しても、何されても構わないみたいなことを言うな。
「怪我したら痛いじゃん! 今回は仕方なかったかもしれないけどさ、ああなる前にチャズを呼ぶことだって出来たもん! 二度と! あんな怪我するような……自分を犠牲にする選択なんかしないで!!」
「は、い……」
「死なないから、治るから平気じゃないんだよ。痛いものは痛いでしょ! 馬鹿! アホ! すっとこどっこい!」
「すっとこ……?」
その後、思いつく限りの悪口をひたすら並べて罵倒しまくった。
でも正直、人に悪口を言う機会なんてあんまりなかったから、語彙が少ないというか小学生並みになった自覚はある。
ついに叫ぶこともなくなって、はぁはぁと息を切らしながら俯く。
涙がボタボタ床に落ちて、拳を作った両手が震えているのが見えた。
怖くて震えているのか、怒りで震えているのかわかんないや。
でも言いたい放題言って、ちょっとすっきりしたかも。
……ちょっと気まずいな。
アレクサンダーは今、どんな顔をしているのだろう。
しばらくして、アレクサンダーが身じろぎしたのがわかった。
それから静かな声で、今度こそ深く反省したような声色で謝罪を口にした。
「申し訳ありませんでした。コトリ様の言う通りにします。ですからどうか……どうか、泣き止んでくださいま、ごふぅっ」
「あ、ごめん」
勢いよく頭を上げたものだから思いっきりアレクサンダーの顎に頭突きしてしまった。
思っていたより近くにいたんだね。ほんとごめん。
というか、どうやら抱きしめてくれようとしていたみたい? 行き場を失った両手が虚空を掴んでいる。
なんだよ、いいとこあるじゃん。
ならば、と思った私は勢いよくアレクサンダーの首に手を回し、ぎゅうぎゅうと抱きしめてやった。
そっちがやろうとしてたことを、こっちが先にってね。
「コ、コココココトリ様っ!?」
「なにさ。ギュってしようとしてたのはアレクサンダーじゃないの?」
「そ、それは、その、そうですが。しかしそれはあまりにもコトリ様が」
「うるさいなぁ。主人より先にハグしようだなんて烏滸がましいよ」
「はっ! それは確かに。このアレクサンダー、コトリ様の最初の執事として甘んじて、そしてありがたくコトリ様からのハグを頂戴いたします!!」
「ええい、やかましい! 耳元で叫ぶの禁止!」
照れ隠しなのはなんとなく伝わったよ。
意外と初心なんだね、精霊のくせにさ。
でも、本当に良かった。アレクサンダーが無事で。
それにしても……なんだかどっと疲れちゃった。
アレクサンダー、あったかいな。精霊もちゃんと体温があるみたいで、安心、した。
ほんと、人間と、変わら、ない……。
「? コトリ様? ……眠ってしまわれましたか。まったく、こんなご主人様は初めてですよ」
もう二度と、執事が傷付く姿を、見たくは、ない、なぁ……。




