第三章 雨の街と魔人たち、そして…
朝。空は灰色の雲に覆われ、しとしとと雨が降り続けていた。
冷たい雨が瓦礫の山を洗い流し、窓に激しく雨が当たる。
リユウは部屋の窓辺に立ち、手にした剣を見つめていた。昨日、市場で手に入れたばかりの片手剣「アストル」――雨の湿気で金属の刃が鋭さを増し、鞘からわずかに抜くだけで水を切るような感覚が伝わってくる。
(雨の日は、この剣がよく切れるんだっけ……)
ー食堂ー
「おはようございます」
ゼラが宿の食堂に現れた。いつものメイド服ではなく、旅装に近い動きやすい服へと変わっている。黒髪は結われているが、雨の湿気でわずかに揺れている。
ヒロは手にしたパンをかじりながら、軽く手を挙げた。
「お、ゼラも朝飯? いいよなここ、パンもスープもうまいぜ」
「ありがとうございます。お二人には昨日までの助力、改めて感謝しています」
そのとき――宿の扉が乱暴に開かれ、泥だらけの少年が転がり込んできた。
「た、たすけてっ! 魔物、いや人じゃない“何か”が街に――!」
リユウとヒロが顔を見合わせた瞬間、外で轟音が鳴った。街の中心部、貴族区域の方角から黒煙が上がっていた。
錬金術師の襲撃
錬金術師たちの実験は、ついに「完成」していた。
街の中央広場には、黒いローブを纏った錬金術師と、周囲を囲むように立つ“魔人”たち。人の姿をしてはいるが、肌は青白く、眼には光がなく、背には無数の血管のような青い魔素の管が走っていた。
「目標、騎士団。戦闘開始」
1人の錬金術師がそう冷たく命令すると、量産型の魔人たちが街中へと解き放たれた。
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「全騎士、展開せよ! 市民たちは後方へ!急げ!!」
号令が響く。
その場に現れたのは、銀の鎧をまとった若き騎士――グラン・リジル。年若くして騎士団長となった男であり、聖剣「セレノア」を操る伝説の使い手。
「俺が最前を抑える。貴族と民は、誰一人通すな」
聖剣の刃が抜かれると、周囲の雨が一瞬にして蒸気に変わった。魔人の一体が突撃するが、グランの一閃がそれを両断する。
だが、錬金術師の作り出した魔人たちは、数も力も圧倒的だった。
聖剣と魔人の拳がぶつかり、雨の中、火花と血しぶきが弾ける。
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ヒロの最期
リユウとヒロ、ゼラは街の西側で戦闘に巻き込まれていた。
「くそっ、あいつら……魔力がねぇ俺じゃあ攻撃が通らねぇ!」
ヒロは金属の棒で応戦しながら叫んだ。だが、敵の一体が背後から迫るリユウに狙いを定めたのを見た瞬間――
「リユウ、下がれ!!」
ズドン――!
ヒロがリユウを突き飛ばし、魔人の拳が彼の胸を貫いた。
「……え?」
ヒロは地面に倒れた。
血の混じった雨が彼の体を濡らしていた。
「すまん、リユウ……やっちまった…。お前だけは、生き残れ……」
「ヒロ兄ちゃん…!なんで…嫌だよ…死なないで!」
「おまえ…初めて泣い、たなぁ?」
リユウは目から涙が止まらなかった。
「まだ若けーんだ…色々ある。楽しめ…よ…俺は先…キサゲに…会って……る…」
言葉の途中で、ヒロの瞳から光が消えた。
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ゼラの覚醒
「ここまでです!」
注意を引くためゼラが前に出た。
その姿は人間のものではなかった。皮膚がわずかに淡い光を放ち、背中から蒸気のような魔素の噴き出しが起きていた。
「私は――元実験体。あなたたち量産型とは違います」
ゼラが両手を構えると、手のひらから魔素が放出され、魔人を一体ずつ貫いていく。
魔人たちは次々と倒れたが、それでも数は尽きない。
「リユウ、今は逃げてください。あなたも魔力がありません。このままでは守れるかどうか……」
リユウはヒロのそばで俯いている。
ヒロの顔に流れるのは涙なのか、それとも雨なのか…
(殺してやる)
そして 立ち上がったリユウは剣を抜いた。
しかしその表情は、怒りに満ちていて目つきが鋭くなっていた。
降り続く雨、リユウの「アストル」に水が伝う。
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