プロローグ ー終わったはずの日常でー
なんの変哲もない、楽しかった“日常”は
最後にはもう、どうでもよくなっていた。
幼い頃から、母のことが好きじゃなかった。
いつも母の前では無表情だ 写真を撮るときも顔に笑顔はない。
バカにされたことは何度もあるし、褒められたことは一度もなかった。
僕が9歳の時、母が不倫をして離婚になった。母は親権を主張し、父の言葉を押しのけて僕と弟を引き取った。
プライドのためか、世間体のためか、それともただの孤独からか。
父は家を出ていき、家庭は壊れてしまった。
そのあとの生活は、地獄だった。
引っ越して、貧乏になり、やる気も心もすり減っていった。
新しい学校のクラスでした自己紹介以降の記憶がない。
小学校三年から四年の一年間、まるまる記憶が抜け落ちている。なぜかはわからない。
別れてからも父とは何度か会ったけれど、いつしか「また会いたい」とさえ思えなくなった。
今、僕は14歳。
自転車を漕ぎながら夜の公園へ向かう。
ふらりと立ち寄ったそこは、象の形をした滑り台がある古い公園だった。
滑り台にもたれ掛かり、ただ目を閉じていた…。
〜二時間前〜
いつもの日常。
俺は母親とくだらない口論をしていた。何かにつけて、文句を言い合っていた。
でも今回は違った。
怒鳴った僕に対して、母は突然髪を掴んできた。
放せ!と叫んでも離さなかった。思わず左の裏拳を入れてしまった。
それが、始まりだった。
母は右頬を押さえながら激高した。「出ていけ!!」と。
人生で初めての、母との暴力沙汰。
僕はいつのまにか、壊れていた。
11歳の頃、不良友達に「勉強なんて意味ない」と言われてから、本当にやる気をなくした。
それからゲームばかり。学校なんて、どうでもいい。
遅刻、早退、欠席のオンパレード もはや廃人である。
担任も、クラスメイトも、心配してくれた。でも心は動かなかった。
楽しさなんて、どこにもなかった。
心は、もう五年間止まっていたんだ。
そして何時間経ったか分からなくなった頃
(もう…いいんだ、こんな………人生。)
――そんな時だった。
真っ暗な公園の片隅に、突如現れた。
黒い人型の影。
白い顔に尖ったくちばしがついた顔。漆黒に染まった身体。
それが、ゆっくりと近づいてくる。
恐怖はなかった。
寒さと空腹で感覚は消え、意識も朦朧としていた。
「迷い子、独りで、なにを、してる?」
高く、不気味な声。
人影は、動かなくなった僕の頭にそっと手を置いた。
「絶望、して、る?」
人間は、脆い。
幼少期に受けたトラウマや虐待は、中枢神経を狂わせてしまう。
たった一つの出来事が、未来すら壊す。
「……もう、3日も、ここに、いる?」
人影は首をコキッと傾げた。
季節は2月。凍える真冬の深夜。
パン工場の横にある駐車場から
少し坂を登ると寮があって、その前にある公園がここだ。
少年は、息絶えてしまった。
「かわいそう、だね?まわりに、いいひと、なんにんも、いたけど」
黒い漆黒の人影は、少年の胸に腕を伸ばす。
「…われは、クロノボグ」
そして、胸の中で淡く輝く球体を――
「おまえに、あらたな、じんせいの、しゅくふくを…」
そう言って、クロノボグはそれを握り潰した。
少年の人生は、ここで一度終わりを迎える。そして跡形もなく、最初からいなかったように彼らは消えた。