死ぬのは、俺でいい
「イオリ、危ないっ!!」
リアの絶叫が響いた。
刹那、俺の目の前を横切ったのは、魔獣の巨大な爪。
……もし彼女が叫ばなければ、俺の胸は貫かれていたかもしれない。
けれど、そんな死の一撃すら、今の俺には見えていた。
《死亡フラグ:即死級致傷ダメージ》——回避完了。
「相変わらず無茶するよねぇ、イオリ」
ルナが呆れ混じりに言う。けれどその表情には、心配が滲んでいた。
ミナの回復魔法が、俺のかすり傷を治していく。
そして、コロが敵の頭を噛み砕いた。
「もう! イオリ、もっと逃げないとだめなのよ!」
「……悪いな。ちょっと、考え事しててさ」
そう。俺は、戦いの最中でも——ずっと思考を巡らせていた。
(女神を超えて、世界を書き換えるには……何を代償にすればいい?)
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《創造の祭壇》——それはこの世界の設計図が、保管された禁忌の地。
祭壇にアクセスし、書き換えコードを入力することで、運命すら変えることができる。
だが、それには「キー」となる存在が必要だった。
そして、そのキーとは……
「自らに全フラグを集約し消える者——か」
《解析スキル》の最奥で、俺はそれを読んだ。
創造主が用意した、たった一つの抜け道。
この世界の全てのフラグ——死も、恋も、災厄も——すべてを自分一人に背負い、引き受け、最後に消滅する者。
それが、《世界書き換えの鍵》
(……なら、もう迷う必要はない)
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その夜、俺は皆に言った。
「俺がフラグの鍵になる」
「は?」
最初に声を上げたのは、リアだった。
「冗談じゃない! 書き換えって、つまり……イオリが消えるってことじゃない!」
「そうだよっ……! そんなの、嫌……っ!」
ミナが声を震わせる。目には涙が滲んでいた。
「てめぇ……勝手にそういう顔すんな……!」
ルナは怒っていた。本気で、怒っていた。
「イオリがいなくなったら、誰が……私たちを……!」
「やだーっ! イオリ死んじゃやだーっ!!」
コロが涙目でしがみついてきた。
けれど、俺は彼女たちの想いを踏みにじるつもりなんかない。
それでも、言うしかなかった。
「……俺が、俺であるうちに。みんなを、守りたい」
「……っ……!」
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「ふざけんなよ、イオリ」
低く、怒気をはらんだ声で、リアが言った。
「全部自分で背負って……それでヒーロー気取ってんのか?」
「違う。俺は……そういうフラグを背負ったから、ただ回避するだけじゃダメだって思った。選ばなきゃいけないんだ」
「だったら——!」
リアは、俺の胸ぐらを掴んだ。
「だったら、私たちにも選ばせろ」
「え……?」
「命を懸けてでも、イオリを守る。それが……私の選択だ」
その言葉に、ミナが、ルナが、コロが続いた。
「私も……同じです。イオリさんを失うくらいなら、この世界なんて救われなくてもいい」
「ちょっと何よ、イオリだけがかっこつけてんじゃないわよ。私だって、命くらい賭けるわよ……アンタのためなら」
「やだって言ったのにぃ……うわーん、イオリ、絶対一緒に生き残るのーっ!!」
涙、怒り、決意。全てが俺の胸に突き刺さる。
「……みんな……」
「お前が全部一人で背負って勝手にいなくなるなら……私たちは、お前を討伐しなきゃならなくなる」
「それはそれで悲劇すぎるよ……!」
「だからもう、逃げんじゃねーぞ。みんなで選ぶって、言ったじゃねーか」
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夜明け前。俺は空を見上げた。
空の果てに、女神の眼がある気がした。
見ているのか? アルシア。これが、お前の想定外だ。
仲間の命も、フラグも、運命も——俺たちは共有する。
だから、この世界を、全員で変えてみせる。
「——俺は、もう一人じゃない」