魔王の娘は復讐される
「魔王城へ向かう?」
リアの言葉に、神殿の一室がどよめいた。
「無謀です! まだ魔族との戦争は終結していないのに!」
神官たちが一斉に反対の声を上げる中、俺は静かに言い放った。
「戦いに行くんじゃない。話をしに行くんだよ……魔王の娘にな」
リアが驚いた顔をしてこちらを見た。ミナは心配そうに目を伏せる。
だが俺の目には、はっきりと見えていた。
新たな《死亡フラグ》が、世界に点滅し始めているのを。
====
魔王軍の残党によるゲリラ戦。
各地で人々が襲われているという情報が届き始めた。討伐部隊も組まれ始め、空気は戦争の再燃ムードに傾きつつある。
だが、それは同時に、ある一人のフラグを強く点灯させていた。
【ルナ=ノクティア(魔王の娘)】
【死亡フラグ:復讐対象】【死亡フラグ:裏切りによる暗殺】
「まだ出会ってもいねぇのに、なんでこいつのフラグが見えるんだ……」
フラグの予告だ。
つまり、これから俺が出会う未来のヒロインってことか。
「これは……迎えに行くしかねぇな」
====
魔王城——それは、かつての戦火の爪痕が今なお残る、廃墟の要塞だった。
だが、そこにいた彼女は——
「誰だ。こんな場所までのこのこ来るとは、バカか?」
銀髪に紅の瞳。黒きマントを翻し、玉座に足を組む少女。
その瞳に浮かぶのは敵意、そして——どこか寂しげな孤独。
「お前が、魔王の娘か」
「人間風情が、私を呼び捨てとはいい度胸ね」
「そっちが名乗らないんだから仕方ねぇだろ。ルナ=ノクティア、で合ってるか?」
その瞬間、彼女の瞳が揺れた。
「……何が目的だ。和平の使者気取りか? それとも私を討ちに来たのか?」
「どっちでもねぇ。お前に言いたいことがあるだけだ」
俺は一歩、踏み出す。
「お前、近いうちに殺されるぞ」
「……は?」
====
「お前に死亡フラグが立ってる。しかも二つ」
俺がそう言うと、ルナは口をポカンと開けた。
「……お前、頭でも打ったのか?」
「打ったわけじゃないけど、異世界に飛ばされた時に変なスキルを手に入れてな」
「……この期に及んで茶化すとは、良い度胸ね」
「いや、マジで言ってる。信じなくてもいいけど……お前を死なせる気はない」
その言葉に、ルナの目がわずかに見開かれる。
【警戒フラグ:解除中】
【恋愛フラグ:微細→疑念→関心】
「魔王の娘は、魔王が死ねば、ただの憎しみの象徴になる。だから、お前を殺そうとする奴らは出てくる。裏切られて、殺される未来も見える」
「私が死ぬのが当然だって、そう思ってるんでしょ……?」
「違う。俺は、お前を生かしたいんだ」
「…………っ!」
ルナが視線を逸らす。
「……そんなの、はじめて言われた……」
彼女の声が、微かに震えていた。
====
城の一室。ルナと並んで夜を過ごすことになった。
「なんで、そんなに他人の未来に首を突っ込むのよ」
「俺のスキルのせいで、見えちまうからな。……見えてるのに、見殺しにできるほど冷たくはねぇよ」
「バカみたい。そうやって、いつか自分が死ぬのよ」
「そしたらその時は……俺のこと、少しぐらい思い出してくれりゃいいさ」
「…………」
【恋愛フラグ:照れ→進行中】
【死亡フラグ:警戒度低下】
「ふ、ふん……お人好しな人間。名前ぐらい、教えなさいよ」
「結城イオリ。人間代表でも何でもねぇけど、死神みたいなスキル持ちだ」
「じゃあ……その力で、私を死から救ってみせなさい。出来るなら、だけどね」
ルナが、ふいに笑った。
それは、どこか寂しさを隠すような、孤独な王女の微笑みだった。