聖女は世界を救い、そして死ぬ
その日、神殿の礼拝堂は静寂に包まれていた。
ステンドグラスから差し込む柔らかな光。清浄な空気。どこか現実離れした空間——そんな場所に、彼女はいた。
白いローブに身を包んだ、金髪の少女。
彼女の名は、ミナ=ルーミエル。
聖女として生まれ、聖女として育ち、そして——聖女として死ぬ運命を背負った少女。
「この人が……勇者様?」
柔らかく微笑みながら、ミナは俺に歩み寄る。金の髪がさらりと揺れ、聖女という肩書きが伊達じゃないことをその存在感だけで示している。
「は、はい。初めまして、ミナ=ルーミエルと申します。えと……その……ご無事で、何よりです……」
お、おっとりしてる……!
リアの堅物真面目タイプとはまた違う、これはこれで破壊力の高い癒し系だ。
「俺は結城イオリ。よろしくな、聖女様」
「え、あ、そんな。ミナで、いいです……あの、呼び捨て、嫌じゃなければ……」
ああ、もう。ほんとにかわいらしい反応するじゃんこの子。
でも、そんな彼女の頭上に——出ていた。
【死亡フラグ:封印の代償】
【死亡フラグ:神託の自己犠牲】
またかよ……!
「……イオリ様?」
「あ、いや……なんでもない」
心の中で何度もため息を吐く。この世界、マジでフラグだらけだな……
リアの時もそうだった。だけど、今のミナのフラグは、もっと質が悪い。
封印の代償とか、神託の犠牲とか、要は世界を救うために死ねってやつだ。最初からそう書かれてる。最初から終わりが予定されてる。
「その……何か、困っているのですか?」
ミナが小首を傾げて聞いてくる。
その仕草があまりに優しすぎて、言葉を詰まらせた。
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「……ミナのフラグ、すごく強い」
その晩、リアに相談すると、彼女は深く頷いた。
「ミナは、この国の希望だからな。聖女は代々、神託を受け、魔王を封印する運命を持つ……代償として命を落とすのが定めだ」
「……そんなの、バカみたいじゃねぇか」
「でも、だからこそ彼女は優しい。誰よりも強い心を持っている」
「だからって、死ぬのが前提なんて……そんな未来、俺が許さねぇ」
【自己犠牲フラグ:揺らぎ】(ミナ)
【恋愛フラグ:決意 → 芽生え】(リア)
おいおい、今の言葉でリアのフラグも成長してるじゃねぇか。これ、完全にハーレム一直線だろ……!
でも、冗談抜きで、今回ばかりは慎重にならなきゃいけない。
ミナの死亡フラグは神託が絡んでる。つまり、この世界のシステムそのものが関与してる可能性が高い。
「フラグを壊すだけじゃ足りねぇ……」
俺はスキル《フラグ解析》を起動する。ミナのフラグが浮かぶ。無数の糸のような因果が、彼女の運命に絡みついている。
けど……その中心に、ひとつだけ、ゆるいフラグがあった。
【神託:代償条件の選択】(不確定)
「……選べる?」
そこだ。そこを突く。
つまり、神託による死は絶対じゃない。選択可能な条件が存在する——なら、その条件を別の何かに差し替えればいい。
「ミナのフラグを書き換える」
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次の日、ミナと二人きりで神殿の庭園を歩く。
色とりどりの花が咲く、静かな空間。ミナは少し照れたように笑っていた。
「……わたし、こうして誰かとお散歩するの、初めてなんです」
「マジかよ」
「はい。今まで、聖女として、祈りと修行ばかりで……」
「じゃあ、これからは俺が付き合ってやるよ」
「え……」
「聖女じゃなくて、普通の女の子として」
その瞬間、彼女の頬がぱぁっと赤くなった。
【恋愛フラグ:発芽 → 開花】
【死亡フラグ:不安定化(変化の兆し)】
来た……! 揺らいでる!
「でも……わたしが、誰かを救えるなら……命を賭ける覚悟はできています」
「そんなもん、いらねぇ」
はっきりと、言い切る。
「お前が死んで成り立つ平和なんて、俺はごめんだ。お前が笑って、そばにいてくれる未来じゃなきゃ、意味がない」
「イオリ……さま……」
ミナの目に、涙が浮かんでいた。
それは希望の涙か、それとも迷いの雫か——
だが確かに、フラグは変わろうとしている。
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その夜、俺のもとに女神アルシアが現れた。
「……君はまた、世界のスクリプトを乱そうとしているようだね」
「乱すんじゃない。選び直すんだよ」
「聖女の死を回避する。それは、君のフラグにも影響する」
女神の瞳が、再び紅く光る。
「君が彼女を救えば——代わりに、君の死のフラグが生成されるかもしれない」
【死亡フラグ:変動開始(条件:ミナ生存)】
「……上等だよ。死んで当然の未来なんて、俺が全部書き換えてやる」
「ふふ……本当に面白い子だ。さあ、どこまで抗えるかな?」
女神が消え、静寂が戻る。
でも、俺の中の決意は変わらない。
誰かが決めた結末なんていらない。
——この世界で、誰も死なせない。それが俺の、戦う理由だ。