フラグなんて、俺がぶっ壊してやる
「お前、よく無事だったな」
そう言って、俺の目の前に座っているのは、リア=ヴァルキュリア——昨日、一緒に魔物と戦った銀髪の戦乙女だ。
ここは神殿の一室。ようやく戦況が落ち着き、応急の休憩所として用意された場所らしい。壁に掛けられたタペストリーも調度品も高級感がすごくて、あらゆる面で俺の高校の保健室とは格が違う。
「いや、正直言って、死んだと思ったよ。魔物の群れに突っ込むなんて、普通じゃねぇ」
「……なのに、あなたは私を庇った」
リアが視線を落とす。その顔に浮かんでいるのは、怒りでも呆れでもない。
——迷いと、微かな敬意。
そして彼女の頭上には、また新たなフラグが浮かんでいた。
【恋愛フラグ:心配 → 依存傾向】
……いやいや、ちょっと待て。依存って。早すぎんか?
「その……お前、俺に何か借りを感じてるのかもしれないけど、あんまり気にすんなよ。俺の勝手で動いただけだし」
「それでも、命を救われたことは事実だ」
まっすぐに、真剣な眼差し。うわ、だめだ。こういうの苦手だ。真面目で忠義に厚い系、俺、精神的に弱い。
「俺……自分のスキルのこと、もっと知りたいんだ」
「スキル……?」
「ああ。俺には《フラグ解析》と《フラグ回避》って能力がある。人の頭の上に、なんていうか、未来の予兆みたいなものが見える」
リアは最初こそ驚いた顔をしたが、すぐに理解を示した。
「なるほど……。だから、私の死を避けられたのか」
「正確には、フラグを壊したって感じかな」
パキン、と割れる音。昨日の戦場でリアを助けたとき、確かにそう聞こえた気がする。
「この世界、なんかフラグってものに支配されてるっぽい。善人だから死ぬとか、使命のために犠牲になるとか……なんか、出来レースみたいな運命だ」
「……あるな。そういう死に方をする仲間、たくさん見てきた。まるで誰かに、そう仕向けられているような……」
「でも、それっておかしいだろ?」
俺は立ち上がって言い切った。
「誰かが悲しい結末に向かうのが、運命だっていうなら、そんなもん、俺がぶっ壊してやるよ」
リアは数秒、目を見開いたまま黙っていた。
それから、ふっと微笑んだ。
「……本当に、あなたは変わってる。でも……嫌いじゃない」
【恋愛フラグ:信頼 → 加速】
ちょっと待て、また立ったぞこのフラグ!?
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その後、俺は女神アルシアの元を訪ねた。世界の構造とか、スキルの本質とか、知っておかなきゃいけないことが山ほどある。
「やあ、勇者。調子はどうだね?」
いつものように微笑む女神。だが、その頭上には、昨日は見えなかったフラグが出ていた。
【信頼フラグ:構築中】
【裏切りフラグ:潜伏中(不明)】
——やっぱりな。
この女神、何か隠してる。
「アルシア様。スキルの詳細を教えてくれないか? 俺が持ってるこのフラグって、そもそも何なんだ?」
「ふむ……。では少し話そう。フラグとは、世界を構成する運命の結晶だ。過去の選択、現在の行動、未来の予兆、それらすべてを束ねた運命のスクリプト……それがフラグだ」
なるほど。つまり——
「人の人生には、パターンがあるってことか」
「その通りだ。そして君のスキル《フラグ解析》は、そのスクリプトを可視化する。さらに《フラグ回避》は、自身に関するスクリプトのうち、死に関わるものだけを自動で除外する力だ」
「他人のは?」
「他人のフラグは、視えるが干渉はできない。ただし——」
女神は微笑んだ。
「干渉できないとは、絶対にできないという意味ではない。君は……既に一度、他者のフラグを書き換えた」
リアの戦死フラグ。俺が壊した、あのフラグ。
「スキルは進化する。君の選択によってね。フラグを読み、回避し、書き換える。やがて君は、世界そのもののスクリプトに干渉できるようになるかもしれない」
「……それって、神様に喧嘩売るってことだな」
「ふふ、私にではなく、もう一人の神にね」
女神の目が、一瞬だけ紅く光った気がした。
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その夜、俺は神殿の一角でリアと並んで星を眺めていた。
「……綺麗な星空だ」
「本当だな」
「あなたと並んでこうして見上げるなんて、不思議だ」
「俺もだ。異世界に来て、死にかけて、フラグ見えて、女神が怪しくて……なんか、慣れたくない非日常だな」
リアがふっと笑う。
「でも、少しだけ安心した。あなたがいるなら……私、未来を信じてみてもいいかもって」
その瞬間、彼女の頭上にふわりと浮かんだ。
【恋愛フラグ:好意 → 想い始め】
……もう、これ絶対ラブコメ始まってるだろ。
いや、俺にその耐性ないってば!
でも——
この世界が、フラグに支配されているなら。
誰かが決めた死や、別れや、犠牲が、未来を縛ってるなら。
「俺は、そんな未来ごと書き換える」
リアが横で目を見開いた。
「あなたは、どこまで行くつもり……?」
「知らねぇよ。でも、止まったら……きっと後悔するから」
俺は拳を握る。見上げた夜空に、たった一つだけフラグのない星が輝いていた。
俺はまだ、自分の本当のフラグを知らない。
でも、だからこそ——進むしかない。