召喚された俺と、死亡フラグが見えるスキル
「……え、なんで俺、空に浮いてるんですかね?」
そう呟いた瞬間、視界がぐるりと回転し、次の瞬間、俺——結城イオリの体は地面に叩きつけられた。
「ぐえっ……! 骨折れてないよな……?」
硬い石畳。頭上には、やたらと壮麗な神殿の天井。辺りを見渡せば、白いローブに身を包んだ謎の人たちが円陣を組んでこちらを凝視していた。
異様な光景。
だけど、最も異様だったのは、彼らの頭上に——
【勇者召喚:成功】
【対象者:ユウキ・イオリ】
【運命の起点:世界の改変可能性96.3%】
……という、明らかに現実では見えないはずの文字列が、ホログラムみたいにふよふよ浮かんでいたことだ。
俺は混乱を押し殺しながら、静かにひとつの結論にたどり着く。
「これ……異世界召喚ってやつだよな……?」
いきなりの展開にツッコミを入れる間もなく、壇上から一人の女性が現れる。銀髪に金の瞳、白く輝くドレスを纏い、背中には羽のような光の紋章が浮かんでいた。
「異世界の勇者よ。我が名はアルシア。この世界を統べる女神である」
あ、これテンプレのやつだ。
「キミには《運命を視る目》と《死を避ける力》を授けた。どうか、この滅びかけた世界を救ってくれたまえ」
その瞬間、また視界に文字が浮かんだ。
【スキル取得】
《フラグ解析》:人の頭上に「運命フラグ」が可視化されます
《フラグ回避》:自分に発生した「死亡フラグ」を自動で回避します
……いや、なんだよ『死亡フラグ』って。
ゲームやラノベでよく聞くあれか? 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」とか言って死ぬ、あのフラグ?
その直後、祭壇の扉が音を立てて開かれた。
「女神様! 北の防衛線が突破されました! ヴァルキュリア隊、全滅です!」
駆け込んできた兵士の頭上に、今度は赤い文字が浮かんでいた。
【死亡フラグ:激戦に巻き込まれ戦死】
……マジかよ。ほんとに見えるのか、これ。
「急ぎ、現場へ!」
女神アルシアの命令で、俺は訳もわからないまま神殿の外へと連れ出された。
そこはもう、戦場だった。
空には黒いドラゴンが舞い、地上では魔物と兵士がぶつかり合っていた。誰の頭上にも、次々とフラグが浮かび上がる。
【腕を失う】
【盾役として致命傷】
【戦友の死を目撃し錯乱】
どれもこれも、悪い予感しかしない。
「おい、あの子……!」
視線の先にいたのは、銀の鎧を纏った少女だった。金髪のポニーテール、槍を構えて魔物と戦っている——その姿は勇ましく、神々しさすらある。
が、彼女の頭上にも、赤いフラグが浮かんでいた。
【仲間を庇って戦死】
……冗談じゃねえ。
俺は咄嗟に駆け出していた。
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「……危ないッ!」
ドガァッ!
俺は横から彼女を突き飛ばした。次の瞬間、彼女のいた場所に着弾した火球が大地を抉る。
「っ……おまっ……何を……!」
「話は後だ! 来るぞ!」
咄嗟に落ちていた剣を拾って、俺は迫る魔物を叩き斬った。いや、正直言うと、振り回したらたまたま当たっただけだ。
でも、その瞬間、彼女の頭上の赤いフラグがパキンと砕けて消えた。
本当に回避できたのか——?
「あなた……名は?」
「結城イオリ。異世界から来たってやつだ」
「私はリア=ヴァルキュリア。ヴァルキュリア部隊の副隊長……だった」
倒れていた兵士たちを見渡しながら、リアと名乗った少女は唇を噛む。
「私のせいだ……私が、仲間を庇おうとしたから……」
それが彼女の死亡フラグだった。
でも今、それは俺が壊した。
「違うな。あんたの命は、まだ終わっちゃいない。終わらせない」
不器用なセリフだった。だが、リアは驚いたように目を見開き、それから……ふっと笑った。
「……ありがとう、イオリ。あなたは、変わった人だ」
彼女の頭上に、新たなフラグが浮かんだ。
【恋愛フラグ:信頼 → 好意】
え、マジか。そんな簡単にフラグ立つのか? 恋愛耐性ゼロの俺には荷が重すぎる。
その後、神殿に戻った俺は、再び女神アルシアのもとへと向かった。
「見事だったな、勇者よ。リアは君に感謝していた」
「……質問がある」
「なんだ?」
「このフラグって……放っておいたら、確実に起こる未来なんだよな?」
「その通り。フラグとは運命の兆し。絶望のスクリプトだ」
女神の顔に、一瞬、陰が差した。
「そしてこの世界は、何度も滅びを繰り返してきた。すべてはフラグによって書かれた、同じ運命に従ってな」
「なら……」
俺は拳を握る。
「その運命、全部ぶっ壊してやる。フラグごとな」
女神は驚いた顔をして——すぐに、微笑んだ。
「期待しているよ、イオリ。君こそが、運命を壊す者だから」
その背後で、誰かの声が聞こえた気がした。
「……運命を壊す者? ふふ、滑稽だわ。始まりはいつも、そこからだったというのに」
その声は確かに、アルシア本人のものではなかった。けれど、不気味なほど似ていた。
そう、この時の俺はまだ知らない。
この世界の運命とループの正体を——
そして、フラグが生まれた本当の意味を。