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地味女優と得体の知れない俺

元放送作家が昔を思い出して創作してみました。

「うう、ううっ……」


 ノートPCから聞こえてくる謎の泣き声。


(えっ、なんだ、ウィルス?!)


 よく聞くと女の声のようだ、

 背筋を寒くしながら調べると何の事はない、

 先日、舞台で使った『メカ大仏』の通信装置だ。


(まだ音声出力、生きているかな)


 舞台裏とやりとりするため、

 大仏とPC双方で通話ができるはず。

 俺はやさしく、マイクに声を吹きこむ。


『ソンナニナイテ ドウシタンダイ』


「ひいいいっっ?!」


 うん、若い女性の悲鳴だ。

 こちらからの声はボイスチェンジャーで機械音声のようになっている。


『コワガラナイデ、メカダイブツダヨ』


「これって、AI?!」


 残念ながら生身の人間、しかもおっさんなんだな。


『ワタシハ メカダイブツ ニジュウナナセイキノ ダイブツサ!』


 劇の設定そのまま使って良かったっけ、

 脚本書いた俺が良いっていうんだから良いだろう、

 監督にはまた、しゃぶしゃぶ食べ放題でもご馳走すれば良い。


「あの、私、雛塚雪美と申します」


『ゲイメイヵ?』


「いえ、本名です……ううっ」


 鼻をすすっている音が聞こえる、

 感度良好だな、それにしてもなんでまた。


『コンナ オオドウグソウコデ ナニヲナイテイル』


「私、役者として何もかも、上手くいかなくって」


『ソコニスンデ ナガイノカ』


 ……間が空く、

 よく聞くとどうやら鼻をかんでいるらしい。


「……んっ、はい、もう半年になります」


 やはりか、メカ大仏が置いてあるのは劇場の大倉庫、

 都内某所にある『ゴールデン フロッグ シアター』だ、

 マルチタレントの夫(故人)と女優の妻、夫婦が自宅横に建てた百人規模の小劇場。


(そして今、俺が居るのがその裏のビジホなんだよな)


 丁度、壁を二枚挟んだ先か、よく電波通るな。


『ソコノオクサン イイヒトダゾ』


「はい、劇場に若手女優を住まわせてくれるくらいですから」


『ナラ ナゼナク』


 ……無言ののち、また涙声に。


「うぅぅ、二十一歳で、何もかもが、不安で」


 俺なんかは三十九歳で全てにおいて不安しかないぞオイ。


『ソレデ ワタシニ ナキツイテイタノカ』


「はい、コンセントを入れると綺麗に光ったので、よく相談を」


『ソウカ……』


 俺はペットボトルの水を飲んで、時計を見る。


『スコシナラ キイテヤロウ ドウシタ』


「じ、実は、オーディションに三十連敗で」


 いや三十もオーディションを受けられるのが凄いよ。


『クワシク キコウカ』


「はい、先日も……」


 こうして俺は声だけしか知らない若手女優の相談に乗るのだった。


『……ナルホド、ソレハ、ナマエガワルイ』


「えっ、本名なんですが」


『ナマエニ ”雪” ガ ハイッテイル』


 さっき検索して、かろうじて名前が出てきて漢字がわかった、

 うん、夏の海岸でナンパされる女の子の名前に『雪』が入っているのはね、

 正体が実は雪女でしたっていうならまだわかるけど(どんな伏線だ)、パンフレットを見て、


 CAST

 水着ギャルC:雛塚雪美


 というのは夏が舞台なのには相応しくない。

 あくまで俺の意見ね、正確には俺と俺の師匠の。


「そんな、有名な俳優さんに季節の名前とか山ほど」


『ウレテカラハ イインダヨ アトカンジガ スマホダトカタマリニミエル』


 うん、画数が多くて下手すると、

 スマホぱっと見で■■■■ってなっちゃう漢字が続くのは良くない。

 無名な内は。


「では、私はどうすれば」


『ゼンブ ヒラガナ デ ドウカナ』


「ひなつかゆきみ、ですか」


 これなら『雪』も『幸』とか『行き』とかのイメージも出るだろう、

 売れて漢字にするなら『由希美』とかかな、売れれば苗字も雛塚でいいし。

 

(俺の名前? 脚本家:摩天楼寺 徳大 だよ!)


 まあそこそこ生活は出来ている、独身だからね。


「あと、他にもここで住み込みで劇場の掃除とかもしていて、それで一年先輩が気が強い方で……」


 こうして俺は自分の脚本もそっちのけで、

 この若い女優の相談に乗り続けたのであった、

 そう、『メカ大仏』として。


『トイウコトダ ワカッタナ』


「……ありがとうございます、誰も相談できる人が居なくて、心が、楽になりました」


『ウム ヨキコトヨ』


「それで……次はいつ、また相談に乗っていただけますか」 『エ』


 といった流れで、

 脚本の缶詰に来たこのビジホに、

 毎週通う事になった俺なのであった。


(う~ん、ま、いっか)


 話が終わって改めてネットで検索すると……


(名前だけ出て、顔が、姿が出てこねえ!!)


 まあ、この業界に居れば、いずれは、ね。


 ▼


「大仏さん、今週もお会い出来て、嬉しいです!」


『うん、まあ、今日で一か月だね』


 律儀に毎週付き合う俺、

 声は聞き取りにくくなるらしくボイスチェンジャーを少し改良した。


(そもそも、誰がやっても同じ声になるようにしてたんだけどなぁ)


 大道具としてのメカ大仏は、

 演じるのは舞台に上がってない時の演者か、

 たまにスタッフが裏でやったりする、千秋楽に声で演じたのは俺だった。


「名前をひらがなに変えてから、役が二つ決まりました!」


『目にも付くからね、良い役が貰えたのかな?』


「小さな舞台で、ひとつはこの劇場です、大仏さんのおかげです!」


 ……いや、俺は何も言ってないぞ?

 この劇場のオーナー夫妻だって知り合いなのは俺の師匠だし。


『まあ、俺はここで君の活躍を祈っているよ』


「それで相談なのですが、座長さんや監督さんに気に入って貰うにはどうすれば良いですか?!」


『えっ、それを教えてくれる人すらいないの?!』


「ここの奥様は『一生懸命演じなさい、見ている人は見てるから』だって」


 うん、それは確かにそうではあるんだけれども……


『じゃあその、見ている人は何を見ているか、わかるかな?』


「何をって、演技をですよね?」


『ううん、売上』


 即答してやった。


「だったら沢山、たっくさんお客さんが来ていただくように良い演技を……」


『お前が売るんだよ!!(笑)』


「えええ?! 私が、ですかぁ??」


 おいおい最初に言われる事だろう。


(客席が百しかない劇場だぞ、ここくらい手売りで埋めろよ)


 と言いたいけどグッと我慢、と。


「私、お友達そんなに居ない……」


『SNSくらいあんだろ』


「大仏さん、大仏なのによく御存じで」


『メカだからね』


 二十七世紀産だし!


「でも、こんな新人役者、誰も……」


『野良猫でも捕まえて、即興劇でもやって上げれば良い』


「はあ」


『あと、美味しいケーキ屋でケーキ食べる時、ケーキ役でアテレコでもやるとかね!』


 広めてやりたいけどなぁ、

 俺のSNSなんて最近の発言が、


『団地で四十代後半の暇な主婦三人と麻雀やって爆勝ちした二十そこそこの青年が、

 「こんなに負けてお金無いわぁ」「どうしようなんでこの子こんなに強いのよ」「これじゃ息子の生活費が」

 と言っている主婦へ「ではお金と身体、どっちで払うか決めて貰いましょう」と言ったら

 「「「えっ身体でいいの?!」」」て色めき立って脱がされるエロ漫画が読みたい』


 だからなあ、とてもじゃないが、こんな子に見せられない。


「それで、劇の宣伝をして客を呼ぶ、と」


『あと、別の劇場でも演劇するんでしょ?』


「はい、高円寺で」


 あそこかぁ。


『そっちの俳優さんに売りつけちゃえ』


「買って貰えるかな」


「意外と買ってくれるけど、その分、その相手も別の演劇のチケット売りつけてくるよ、それ買って」


 実質、プラスマイナスゼロだ。


「来てくれるかなぁ」


『そこはお約束だから大丈夫、勉強にもなるよ!』


 ほんと、こういう小さい演劇、劇団って言うのは、

 客より演者の方が多い事なんてザラだからね、

 その演者が他所で観客になって客席を産め合うっていう互助会だ。


「やってみます」


『もうちょっと大きい劇団だと無料券とかもあるけど、まあそんなに高いチケットじゃないし』


 ギャラも安いけど。


「じゃあ、大仏さんも買って貰えますか」


(あっ、そりゃそうなるか!)


『この身体で客席に回るのは、ちょっと』


「ですよねー」


 いや、ですよねーじゃないだろっ!!



 ~~そしてまた日は流れ……~~


「大仏さん、大きな劇場でちゃんとした役が、決まりました!」


『おめでとう、どこだい?』


「天王洲アイルで『劇団あらくれオオアリクイ』の劇です!」


 おおお中堅どころでそこそこの規模じゃないか!!


『すごいね、でもチケット売る枚数も多くなるから頑張って』


「それも心配なのですが、長台詞がやたら多くって」


『いや役者が何言っているの、君は人形じゃなく俳優だよ?』


 どっかの女優が若手をシメてた言葉だけど、ここで使わせて貰おう。


「そこで大仏さん、長い台詞を覚えるコツを教えて下さい!」


『ええっと、それは、無理矢理つめ込んで下さい』


「ど、どうやって」


『なんとかして詰め込んで下さい』


「どうやって詰め込めば」


『詰め込んで下さい、無理矢理に毎日』


「で、でも、その詰め込む方法が」


『詰め込む方法は、どうにかして、なんとかして、とにかく詰め込んで下さい』


 こんな若い子が詰め込めないはずがない、

 俺が自分で脚本したそこそこの規模の演劇で、

 演者の一人がインフルエンザで出れなくなった時、代わりに演じたのは俺だった。


(いや、俺は元役者でも何でもないぞ、もちろん人が足りなくてラジオドラマに出た事はそこそこあるが)


 代役初日は終始、台本を手にして演じきった、

 でも二日目は台本を見えない位置に置いて、出来るだけバレないように見ながらやった、

 そして三日目は意地で見ないでやった、もちろん共演の役者にめっちゃフォロー、介護して貰いながら。


(自分で書いた台本だからね、流れさえ合っていれば、アドリブで何とかなった)


 物覚えが良くない俺でも三日で何とか憶えられるんだ、

 十分に準備時間がある若い女の子が、憶えられないはずがないし、

 それが出来ないようなら相当苦労する、そんときゃ別のアプローチかな。


「わかりました、本読み付き合っていただけますか」


『そこまで暇は無い』


「ずっとここで座っているのに?!」


『魂は出入りしてるのさ』


 面倒臭いなメカ大仏設定。


「わかりました、頑張ってみます」


『あっ、最後に、その劇団によく客演する鎌倉さんって知ってる?』


「ええ、テレビでも良く見る有名なおじさん俳優、大先輩」


『凄くやさしいし紳士的だけど、カツラにだけは絶対触れないでね』


「ええーーー、あの人、カツラだったんですか?!」


『触れると役者として、死ぬよ』


 こうして彼女は少しずつ、少しずつ

 女優としてステップアップして行った。


 ▼


 あれから毎週このビジホへ泊まりに来ている俺、

 ここぞという時に籠って原稿を書く場所だったのだが……

 まあいいや、その分俺は、風俗へ行くのを止めた。


「大仏さん、テレビドラマの役が決まりました!」


『おお、おめでとう、どんな役だい?』


「地味なメイドが実は裏で暗躍していたっていう、第8話で殺されちゃいます」


 良い役じゃないか、とっても!


『おめでとう、ステップアップになるね』


「でも心配な事が、姑役の役者さんが怖い事で有名で、播川ようがサンなんですが」


 あー、あのやかましい超個性的な。


『イビリ姑にぴったりだね』


「主演女優の須永じゅみりサン、とてもやさしそうなんですが助けて貰えるかな」


『逆だよ』 


「えっ」


『ようがサンがやさしくて、じゅみりサンがめっちゃ怖いよ』


 世間のイメージとは真逆である。


「そ、そうなんですか?」


『ようがサンめっちゃ怖いし怒る、怒鳴る、それは本当』


 スタッフに差し入れはめっちゃくれるけどね個性的な、

 中国のわけのわからない見た事ないお菓子とか、味はまあ、微妙。


「やっぱり怖い」


『でもそれは、このメンバーだとじゅみりさんから君たちを守るためだよ』


「ええ、須永さんから?!」


『あの人、新人、特に若手女優が気に入らないと、速攻で「あの子やめさせて、でないと私が辞める」ってプロデューサーに言うから』


 そう、下手すりゃ顔合わせや収録初日の挨拶が気に入らないからって。


「そんな方だったんですか」


『でも現場でしくじったとして、ようがサンが烈火のごとく怒って泣かせたら、それでもうじゅみりさんは何も言えなくなる』


「上の先輩が怒ったからですか」


『正確には「許した」からね、なのに同じ件で怒ったら先輩の顔を潰す事になる、そこの縦はきっちりしてる女優さんだから』


 でも、あんまり仲良くなると変な所へ連れて行きたがるんだよな、

 モロッコ焼肉店だとか博士系ホストだとか着ぐるみおじいさん喫茶とか。


「わ、わかりました、気をつけます」


『あと、お爺さん役で小奴さんっていう俳優さん居るでしょ』


「ええ、あのひょうひょうとした感じの、虫も殺さないような」


『あの人、カツラな事に触れるとぶち切れるから気を付けて』


「あの方もですかーーー?!」



 相談は更に彼女の方向性にも。


「私、現場で地味な女優だ、ほんとに地味だね、地味すぎて居るのわからなかったって弄られて」


『それ褒め言葉だよ』


「そうなんですか?!」


『地味な女優、いわばプレーンだ、だからどんな役でも出来る、監督や脚本家が味付けし放題さ』


「でも、美女役とかできませんよね」


『できるさ、いまのメイク技術をなめるな、あとこれはあるMVの話なんだけど、男が婚活パーティーで会う女性みんなぶさいくって映像作品なんだけど』


「どんな曲なんですか、どんな」


『まあ置いといて、それで最後に美人に会えるが性格が悪くて頭からワインをかけられる、それをぶさいくが助けるってストーリーで』


 脚本書いたの俺だけど、バレないよね?


「それで」


『ぶさいくに連続で会った後の美女って、ようはそこまで美女でなくていい、普通の女優さんで全然いける、むしろ地味で普通くらいが丁度良い』


「そんなものなんですか」


『当然、ぶさいくの方の役もできるよね? 地味で普通というのはどんな役でもやれて使い勝手が良い、誇りなさい』


「ありがとう、あとついでに、最近目が悪くなってきたのでコンタクトと眼鏡どっちに」『目眼で』「えっ」『眼鏡で!!』「その、なぜ」


『眼鏡! 眼鏡しか許さん! 眼鏡をかけるのだあああああああ!!!!!!』「わ、わかりました」『地味眼鏡、最高! 最強!!』



 そして彼女は売れ始めると、こういうことも。


「あの、この間、大きな劇団に出させて貰ったのですが」


『うん、劇団心のキズテープだね、六大大手のひとつだ』


 六番目だけど。


「打ち上げで変なお客さんがずっと私につきまとって、ストーカーみたいな」


『あー、たまにそういうの居るね』


「あれってお客さんですよね?」


『そうだね、あるあるだね』


「何とかなりませんか」


『通し券の特典だからしょうがないよ』


「はいっ?!」


『多分、チケット全日買ったか手売りを相当手伝った人だからさ、打ち上げに呼ばれるんだそういう客は』


 あんまり酷いとつまみ出されるはずなんだけどなあ。


「その、どうすれば」


『その場で先輩女優に助けを求めればなんとかなるのと、その客には『心の無い笑顔と返事と塩対応』これだね』


 わざとらしい挨拶と後は「私に構うなオーラ」これで駄目なら先輩がなんとかしてくれる。


「わかりました、次はそうしてみます」



 そして季節が進み、ついにとうとう……


「大仏さん、このメカ大仏、壊しちゃうそうですね」


『うん、もう十分この演劇は擦ったからね、お別れだね』


 場所も取るし。


「それで、最後の相談なんですが」


『何かな?』


「私、多分……枕営業しないといけないみたいです」


 ついに……来たか。


 ▼


(おじゃましま~す……)


 真っ暗な部屋、

 新築マンションの404号室。


(本当に約束通りだな……)


 玄関はきちんとしたオートロック、

 監視カメラに顔が見えないようにし、

 言われた暗証番号で入ってきたのは良いが。


(鍵が開いている、まったく不用心な)


 声も上げずに入ると本当に真っ暗だ、

 約束は守ってくれている、今のところは。


(あの最後のお願い、真に受けちゃったなぁ)


 手探りで進む、

 真っ直ぐで良いと言っていたが……

 

 ガチャッ


「お待ちしておりました、メカ大仏さん♪」


 カーテンはしっかり閉められ外の灯りひとつ入らない、

 暗室状態で真っ暗闇、どこかに足をぶつけないかと心配していたら……


「こっちですよ」


 抱きつかれて引っ張られる、

 どこかと思ったらここは……ベッドだ。


「私がここまで来られたのは、全てメカ大仏さんのおかげです♪」


 ベッドの上に座らされると、

 ぎゅううううっと僕の胸に抱きついてきた。


「やっと……会えました」


(急に真面目なトーンになられると、怖い)


 僕は一言もしゃべらない約束とはいえ、

 思わず息を飲む……いや、こういう経験はゼロじゃない。


(暗闇マッサージ店に二回ほど、いやちゃんと相手は女性だったが)


 などと思っていると俺の手が取られた、

 そして彼女の顔に手を移動させられる、これは……!!


「大仏さんの言われた通りの眼鏡です、お好きなんでしょう?」


 とはいえ見えないが。


(いや、インタビューとかでテレビや動画で見たけど!)


 彼女も今や人気若手女優だ。


「大仏さんの教えて頂いた通り、枕営業は『そう思わせるだけ』でした!」


 うん、よくある手だ、

 遠まわしにそういう事をしないといけないと思わせる話術、

 釣れれば良し、釣れなければどうとでも言い訳できるという……嫌な昭和の風習だ。


(そして中途半端に見返りがあったりするからタチが悪い)


 とはいえ女性側、女優側の方が売り込みでそういうことを望んでるのも居るには居る、

 自主的枕営業とでもいうか押し付けセールスというか、俺も一回、変な女優に犯されかけたな逃げたけど。


「でも監督さんの言っていた事もわかります、男を経験しないと濡れ場や、セクシーな演技は出来ないと」


 ……間近で聞こえる衣擦れの音、

 香水の匂いが俺をくすぐる、ま、まさか……


「もし、もし抵抗したり逃げようとしたら、灯りを点けますから」


 なんという脅し方!!

 でも、それはそれで興奮しそうだ、

 高笑いしながら『なによこの痴豚は!』とか。


「でも、でも素直に言う事をきくなら……」


 そう言って俺の服を脱がしにかかる、

 四十になったばかりのおっさん(誕生日過ぎました)って触ってバレそうだが。


「これはメカ大仏さんへのお礼と、そして、私の初恋の、けじめです」


(初……恋?!)


「相談しているうちに、何でも話すようになって、もう、もうメカ大仏さんの事が……」


 姿も見てないのに、妄想逞しいな。


(そしてちょっと、いやかなり怖い)


「これでお別れだと思うと、我慢できなくて」


 あっ、もう逃げられない所まで脱がされた、手早いなオイ


「メカ大仏さんとの思い出を幻にしたくないんです、

 私、新しい事務所が決まったんです、そこはきちんと面倒を見てくれる所で、

 積極的に売ってくれるみたいで、あっ、もちろん枕営業とかは無いと聞いています」


 だといいけど。


(……あれ、手が震えてる)


「……やっぱりメカ大仏さんと別れたくない!

 メカ大仏さんは私にとって、もうかけがえの無い一部です、

 これからもずっと、ずっと教わりたかった……これから困った時、どうしましょう」


 ぽつり、と俺の頬に水が、涙が……


「ありがとう、メカ大仏さん……さようなら、メカ大仏さん……」


 重なる唇……


(本当に……本当に、いいのか……?!)


 パッと灯りを点けられて笑われる覚悟を八割くらい、

 実はテレビのどっきりか何かを一割、覚悟を持ってやってきた、

 本当は俺の姿だけを確認する罠だろうなっていうのが一番ありそうな線だったのに……


(真っ暗な中で、知らないおっさんをよく抱けるな)


 俺は暗視カメラの存在を頭によぎらせながらも、

 素直に身を任せたのだった……うん、もうこうなったら、覚悟を決めよう。

 俺は彼女の頭を撫で返すと、その手を握って頬ですりすりする彼女。


「嬉しい……大好き! 愛しています……メカ大仏……さん」


 まあ良い、これで最後だ、

 もうあのビジホに泊まる事も無いだろう、

 インバウンドとやらで値上げしやがったから。


(今日までの事を、俺こそ最後の思い出にして……また風俗でも行くかぁ)


 俺の役目はもう終わった、

 彼女はきっと地味な良い女優になる、

 不器用な女優こそ、積み重ねた時にその地味さこそが武器になる。


「あぁ、あぁぁ……ありがとぅ……だぃ……すきぃ……」


 俺の方こそ『ありがとう』と言いたい気持ちをグッと抑える。


(うん、俺も俺で『さようなら、メカ大仏さん』だな)



 こうして女優『ひなつかゆきみ』との関係は完全に終わった……


 はずだった。


 なのに、なのに……あんな事になるなんてーーー!!!


 ▼


「それでは『舞台:地味姫にプロポーズする八人のイケメン王子』ヒロイン役、

 ひなつかゆきみ様の御登壇です、皆様、盛大な拍手でお迎え下さーーーい!!」


 司会に呼び込められた壇上の地味姫役、

 わざと地味な服装、地味な眼鏡だがそれがたまらなく良い。


(うん、俺の書いた脚本にぴったりだ)


 もちろん俺が彼女に合せて書いたのだから、当然だ。

 それにしてもまさか、移籍先が俺と同じ事務所とはなあ、

 とはいえ役者部門と作家部門で違いはあるが。


「さあ、大手事務所に移籍して主演第一弾のこの劇、

 お相手役のイケメン俳優八人を前にして、いかがですか?」

「はい、とっても、緊張しています……」「役としては……」


 ストーリーは自国が滅び、

 自分の立場が地味過ぎて助かったお姫様が、

 隣国の王子八人にプロポーズされて、最後にさあ誰を選ぶ? という作品だ。


(八人とも派手で人気で、そして六人は本当に良い奴だ)


 ただ、一人は女優やアイドルをとにかく喰いまくるような奴、

 とはいえ、こういうタイプも入れないと客は惹かれないからね、

 あと一人はほぼ知らない人だ、プロデューサーのねじ込み枠だから。


(これだけ豪華な男性陣だからこそ、ヒロインの地味さがベストマッチする)


 我ながら良い脚本が書けたと思う、

 これで彼女も人気に火がついて、もう俺なんかの事は……

 などと思っているうちに彼女へのインタビューもシメに入る。


(そう、打ち合わせ通りなら、彼女は……)


「……ではこの作品、この演劇の特徴として、毎回エンディングが変わるというのがあります、

 最後はどの男優さんとキスして終わるか、わからないという……ということで早速、

 ひなつかゆきみ様には今回、これからひとりを選んで劇本番さながらのキスをしていただきます!」


 そう、マルチエンディングというやつで、

 毎回毎回、誰と結ばれるかわからないストーリー、

 最後のキスも頬かおでこか本当の唇同士か、日によって場所が違う。


(まあ、唇同士は千秋楽で一番人気の俳優さんかな)


 このあたりは脚本じゃなく監督のチョイスだ、

 ただ、杞憂に終わりそうだが、今これからのキスに若干の不安がある。


(端の、隣国の王様役にキスしやしないか)


 今日この発表会の台本だと、八人の誰かにキスする事になっている、相手は自由。

 にもかかわらず、壇上の端に立つベテラン俳優の鎌倉さんや小奴さんにキスしちゃったら……


(地味女優から色物女優、不思議ちゃん女優に一気に転向だ)


 それだけはしてくれるなよ、

 今の彼女はとにかく地味で人に転がされる色でないといけない、

 変な自我で変な色を自分で付けたら、責任を持ってくれる人でも居ない限り苦労するだろう。


(メカ大仏さんだったら釘を刺していただろうな)


 でも、もうあれはバランバランだ、

 あとは『メカ大仏の魂』である俺が、

 今日この壇上を舞台袖から見届けて成仏させるのみ……!!


「では男優の皆さん覚悟はよろしいですね?

 それではひなつかゆきみ様、キスの方を、よろしくお願いします!!」


 客席のカメラが狙い続ける中、

 ひとりひとりを吟味するように見て通る彼女、

 あっ、八人目の所へ……キス、しない? 引き返すのかな。


(と、思ったらヅラ俳優ふたりの所へ、ってらめえええええええ!!!)


 変人キャラはまだ二十年早いってえええ!!


「あれ? ひなつさ様? どちらへ」


 司会が困惑の声を上げる中、

 やってきたのは……え、ええっ、お、俺、俺の所へ???


「さあ先生、こちらへ」


 強引に両腕を引っ張られる、

 一瞬抵抗するが凄い力でぐいっと来られたため、

 つい、舞台へと……ま、まさか、でもそんな……んぐぐぐぐ?!


(めっちゅ唇を重ねてきたあああああ!!!)


 フラッシュを浴びる俺と彼女、

 正直、演劇でもありえないようなディープキスだ、

 他の演者が引く程の……な、なんで、なんでええええ?!?!


(そして、そして……めっちゃ長い!!)


「ひなつか様? ひなつか様ぁ?!」


 司会の声を無視し、

 いくらなんでも長すぎだろうってキスがようやく終わると、

 息を整え、マイクで客席に語りかける。


「というように、結末がわからない舞台ですので、どうか観にいらして下さい♪」


 もう、めちゃくちゃだぁ……。


「きゃ、脚本の摩天楼寺 徳大先生、ご感想を」

「き、聞いてないよぉ……」


 司会の振りにこれが精一杯だ、

 袖にハケるのをわざわざ主演女優様が連れて行ってくれる、

 そして最後に耳元でひとこと。


「ふふ、一生責任を取って貰いますからね、メカ大仏さん、いえ、私のセ・ン・セ」


(どこでバレたてのおおおおお?!?!?!)


 ……この一年半後、

 半ば強引に結婚させられる俺であったのだが、

 それはまた、別のお話。


  ~終~

※10万文字にも150万文字にも出来る作品ですが、短編ということでとりあえず。

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