STORIES 067: 遠い雷鳴
STORIES 067
高校を卒業した年。
隣の市にある百貨店、レディースのフロアにある国産ブランドのショップで、私は働き始めた。
従業員口から入り、開店前の売場を抜ける。
まだ止まったままのエスカレーターを歩いて上がる。
パンプスの低めのヒールが、通路にカツカツと響く音が心地よい。
開店前のフロアは、まだ眠っているみたい。
この感じが好き。
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やがて栄転の話が出た。
都内の大型店で頑張ってみたらどうかと、支店長から聞いたときは、飛び上がって喜んだ。
ようやくこの街を離れられる。
それこそが、私の夢であり原動力だった。
東京へ。
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人の流れも、時間の流れも、まるで違ってた。
満員電車と物価の高さに押し潰されそうになったけれど…
立ち並ぶビル群と、そこから見下ろした光のるつぼ、華やかな通り、眠らない街。
私は、私の居場所を見つけた。
きっと、ここ。
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毎年たくさんの社員が入社する。
そして脱落してゆく。
新人の子が、泣きながら店長に相談する。
頑張ってるよね、優しく諭す。
売上の落ちている店長は、改善プラン報告の後、ため息混じりに呟く。
スタッフの仲が悪いのがどうにもならなくて…
次の異動の時期に、あの子とあの子を入れ替えてみようか。
私は、東京・東エリアのマネージメントをするようになっていた。
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水曜の夜、落ち着いた居酒屋のカウンターに座る。明日は休暇だし、少しゆっくり飲みたい。
今夜はお客さんが少ない。
カウンター越しの彼が、冗談を言いながら慣れた手つきで調理を続けている。
この店舗に移ってだいぶ経つ。
同郷の彼が経営するお店。
彼との付き合いは、けっこう長い。
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深夜の高層マンションから見下ろす夜景が好き。
彼は眠ってしまったようだ。
スキンケアをして、火照った体をソファに投げ出し、天井を見上げる。
救急車のサイレンに混じって、遠くで雷鳴が聞こえる。
このまま、朝まで起こさないでおこうかな。
彼には帰るべき家がある。
待っている人もいる。
だから帰したくない。
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いつか私と一緒になりたいと言ってくれた。
よくある話。
でも、奥さんが身籠もり…
事情が変わったことに気付いてしまった。
うんざりするくらい、よくある話。
彼はとても優しい。
だから、いつまでもこのままが良かった。
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本当は分かってる。
偽りの優しさは、無責任さの表れ。
何も背負わなくていいんだもんね。
優しくもできるよ、それだけでいいんだから。
私の夢って何だったかな。
目を閉じて、暗闇に沈んでゆく…