宝石商『ドラータ』
ここに、一人の女がいた。
女は容姿端麗、成績優秀。
周りからもてはやされて育った。
そのため、女は常にプライドが高かった。
だが、ある時女に転機が訪れる。
成績で負けたのだ。
今までずっと学年一位を保ってきた。
それなのに負けてしまったのだ。
女は大層悔しがった。
なんで、自分の方がずっと頑張ってきたのに。
なんで、なんで…と。
苦しみ、泣いた。
そんな時、女はある噂を耳にする。
ある森の奥に、古い佇まいの店がある。
その店ではなんでも願いを叶えてくれるらしい、と。
女は、そんな突拍子もないものを信じた。
信じたというよりも、藁にも縋りたい想いだったのだ。
だから女はそこへと向かう。
すぐに辿り着けると言う保証もないのに…
それからしばらくして—
といっても次の日ではあるが。
女は学校が休みだからと、朝からその森へ向かう。
森に行くよりもその時間を別のことに当てた方が、良い気もするが。
そんなことは頭にないようだ。
女は歩いた。
いつ辿り着けるのだろうか。そんな不安を抱きながらも。時々休みながら歩いた。
そしてついに森に着いた。
「ここの奥にあるのね。なんだか不気味だわ…」
女は拳を握り、決意をしてから奥に進んだ。
そうして店の前に立った。
皆が噂をしていた通り、古い佇まいの店だ。
「ここなのね。私の願いは叶えてもらえるかしら…」
女は意を決して扉を開けた。
「暗い?誰もいないのかしら?」
その瞬間、光がついた。
「きゃ⁈」
「驚かせてしまいすみません。ようこそ、宝石商『ドラータ』へ。お探し物はなんですか?」
そこには一人。いや、人なのだろうか?
なんなのか分からない。
そんな、黒いシーツを被ったものがいる。
「わ、私は願いを叶えてくれるって聞いたから来たのよ」
「そうですか。噂を広げるなと言っているのですけどね…それで、貴方はどのような願いを?」
「私の願いは、私が誰にも負けず一番になり続けれるようになることよ」
「ほぉ、そのせいで貴方の周りに誰もいなくなっても良いと?」
女は思った。
何もかも見透かされていると。
この願いの結末をすでに分かっているのではないか、と。
そんなわけないと思いながらも…
女は少しばかり考えた。
女が一番になり続けることで、どのようなことが起こるのかを。
その先は明るいのか、暗いのか。
女にはそれがわからなかった。
だが、一つだけ確かなものがあった。
自分がわざわざこの場所まで願いを叶えに来たという事実。
そのことを思い出したのだ。
だから、女は決意した。
願いのせいでどうなってもいいと。
「いいわ。早く私の願いを叶えて」
店主はにっこりと笑った。
「はい、お任せください。ただ、一つ代償が必要になりますが…」
「なんだってあげるわ。大金だってね」
「いえ、私の店はお金はいただきません。いただくのは貴方の想いです」
そう、この店の代金とは妬み嫉み、苦しみ、嬉しさ、幸せ、などなど……
人の感じる想いなのだ。
「私の、想い?」
「えぇ、そうです。貴方が一番感じてきた想い。それをいただきます。なお、いただくともう二度と返ってきませんがよろしいですか?」
店主は一切口調を変えず言った。
想いが返ってこない。
つまり、女の中からその感情が一生消えるということだ。
それなのに、女はあまり考えず答えた。
「かまわないわ。その代わり、しっかり願いを叶えてよね」
「もちろんです。では、代償をいただきます。しばし目を瞑っていてください」
女は目を閉じた。
店主はなにかを唱える。
その瞬間あたりは光に包まれた。
光が消えると、一つの宝石が出てきた。
「ルチルクォーツですか…意味は成功。貴方は成功し続けてきたのですね」
「成功?そんなものに興味はないわ。でも、なんだか晴れやかな気分ね…ありがとう。さようなら、噂は流さないであげるわ」
「さようなら」
女は去っていった。
一番大切なものを忘れて外に出た。
女は一つだけ気づかなかったことがある。
それは———
「また一つ商品が増えましたね。それにしても、人間というのは本当に愚かだ。成功というものに喜びを感じなくなったのに、彼女は一番になった時に喜ぶことができるのでしょうか?僕には到底無理に思えますが……そんなことにも気づかず彼女は…ふっ、ふふっ、面白いですね」
女の願いは一番になること。
それなのに成功というものに興味がなくなってしまった。
その気持ちがないのなら、一番になったとしても、何も想うことができない。
そして、店主はそれに気づいていながらも、なにも言わなかった。
「この世はギブアンドテイクなんですよ。叶えたい願いがある人がいて、その願いを叶えてあげられる人がいる。僕はその通りにしただけ。それだけのことですよ」
店主はほくそ笑んだ。
願いを叶えたその後のことに手は貸さないとでも言うように。
店主は腕を伸ばし、んーと言った。
「さて、今日はもう店じまいにしましょうかね。ありがとうございました。またお会いする日があれば、宝石商『ドラータ』をどうぞよろしくお願いします」