学校で広まる都市伝説を調べようとしたら大変な目に遭った件。
深淵の闇に眠る真夜中の森。月光さえ通さない森に、ある少年少女たちが男性を囲って歌を歌っていた。
「か~ごめ かごめ
かごのなかのと~りは
い~ついつで~やる
よあけのばんに
つるとかめとすべ~った」
「やめろ……、やめてくれ……!!」
青ざめる男性が必死に叫ぶ中、少年少女たちが歌う。
そして、ある少年が男性の後ろに立つ。
「う~しろの正面、だ~れ?」
少年少女たちの歌が終わり、それと同時に男性の後ろに立っていた少年が手に持っていた日本刀で、男性の首を切り落とす。男性の首が落ちる鈍い音が森中に響いた。
◇
「──昨日未明、ある山中にて男性の遺体が発見されました。捜査関係者によりますと、男性は首を切断された状態で倒れており、手首には縛られていた痕があったとのことで──」
テレビから女性アナウンサーの声が朝のリビングに響き渡る。台所でお弁当を詰めていた母が私を呼ぶ。
「いつまでもテレビを見ていないで、早く出る支度しなさいよー」
母親が言う。私は「はーい」とリビングを出て、洗面所に向かった。
歯ブラシを水で流し、スタンドに置く。二回ぐらい口の中を水で流した後、またリビングへと向かった。
「はい。お弁当」そう言い、母はテレビの前のテーブルに置く。花柄の入れ物で包まれたお弁当を、私はリボン結びで結ばれた紐のところを持って二階へと上がった。
「よし、それじゃ学校に行くぞ」
制服姿の自分を姿見で一瞥する。耳と同じ高さに結ばれた髪に、まるで櫛のような前髪。そして顔の横に作られた触角。丸顔と黒い目が一際子どもっぽい顔つきを強調させる私を見た後、二階の自室を出た。
「行ってきまーす」
リビングに聞こえるように声を大きくして言う。台所から「いってらっしゃい」という母の声が鼓膜に聞こえた後、私は玄関のドアを開けた。
学校に着き自分のクラスの教室に入ると、同級生で友達の茜が私の座席に座って待っていた。
「あれ、また私の座席に」
そう言うと、彼女は悪戯っぽく笑って「えへへ」と言い、どけてくれた。
「ねぇ」
「ん?」
「今朝のニュースさ、見た?」
「今朝のニュース?」私は首を捻った。
「ほら、あれだよ。山中で男性の首無し遺体が見つかったやつ」
「あ~、あれね。それがどうかしたの?」
何気なく言うと、茜は唇を尖らせた。
「もぅ~……。あの事件、うちの学校で広まってる都市伝説に何か似てない?」
「都市伝説? 聞いたことないなぁ」
「聞いたことないのかぁ……」そう言った後、彼女が小声で呟く。
「何言ってるの?」首を傾げると、彼女は「ううん、な、何でも無い」と首を横に振った。
「確か、この学校の裏山で少年少女たちが『かごめかごめ』を歌ってたって言うやつなんだけど」
「ああ~、それのことか。何だっけ、少年少女たちが『かごめかごめ』を歌いながら踊っていって、それで最後歌い終わると首を切り落とされるんだっけ」
「なんだ、知ってるじゃん」
二人で呑気に笑い合っていると、私はあることに気がつく。
「……って待って。ということは……」
察しがついたのか、茜もまた私と同じように恐怖に怯えた表情をする。
「私たちの学校の裏で、男性が見つかったってこと!?」
放課後。なぜか私は学校の裏山に来ていた。
理由は茜が興味本位で裏山に行ったことだった。
本当は行きたくなかったものの、茜が一人で裏山に入ってしまい、そろそろ日没が近いということから一緒についていってあげていた。
「ねぇ、そろそろ帰ろうよ」
私が一人でどんどんと進んでしまう茜の背中を見ながら話す。伸びきった草むらを何とかしてかき分け、踏み場の悪い足元をゆっくりと進む。
茜が急に止まり、こちらに振り返る。
「何言ってるの。ここで止まったら、あの都市伝説が本当なのか分からないじゃん」
そう言い、彼女は一人でまた歩き出す。
「……本当に好奇心旺盛なんだから」
一人でボソッと呟き、私は茜の背中を追っていった。
◇
「はぁ、はぁ……」
膝に手をついて呼吸を整える。足元の悪い獣道だからか、余計に疲れる。
「ちょっと待って……」
どんどんと一人で進んでしまう茜の背中を見ながら言う。だが、疲労のせいか途中で目眩がしてクラッと目線が揺れる。
「……危ない危ない」
私は頬をピシャリと叩く。すると、茜が進んでいった方向で悲鳴が聞こえた。
──まさか。
悪い予感が胸の内に広がっていくのを感じながら、私は前を歩く。もう日が沈みかけているのか、前がだいぶ見えなくなり、手前しか視界に映らなかった。
「茜ー!!」
私は懸命に叫ぶ。だが、返ってきたのは自分の声であり、茜の声ではなかった。
「……何だこの歌声」
耳を澄ます。どこからか、歌声が聞こえた。
「……かーごめかごめ。かごのなーかのとーりは……」
──『かごめかごめ』の歌……。まさか……。
歌が聞こえる先へと、大股になりながら走る。
やばい。
やばい。
茜が殺される。
そう思って走ると、進行方向から悲鳴が聞こえた。それと同時に、カラスが天に旅立つ瞬間も視界に映った。
──茜。
固唾を呑み、私は一歩ずつ足を草むらに踏み入れる。
額に汗が流れるのを感じる。鼓動を感じる。
やがて草むらが空けた先に見えた光景、それは──。
「いやぁーーーーーーーーーーー!!」
それは、茜の頭と胴体が切り離された光景だった。茜の頭は瞳孔が開き、空を見ているようだった。胴体からは血が滲み、地面に何リットルもの血の量が流れていた。
私は思わず茜の側に寄ってしまい、身体を触る。掌にニュルリという感触が伝わり、思わず手を引っ込んでしまう。後、掌を見ると真っ赤な血で染まっていた。
「……はぁ、は、はぁ……、はぁ……、はぁ……」
動悸が止まらない。額から汗が止まらない。鼓動が早くなる。呼吸が息苦しい。
何とかして落ち着かせようと、呼吸をスーハー、スーハーと整える。目線をゆっくりと上げた時、私の目の前には六人の少年少女たちが並んでいた。
「……や、やめて……」
思わず恐怖に怯えた表情を出してしまう。彼らはゆっくりと口の端を上げ、私を囲むように移動した。
──そして、歌った。
「か~ごめ かごめ
かごのなかのと~りは
い~ついつで~やる
よあけのばんに
つるとかめとすべ~った」
「やめてー!!」
耳を塞ぎ、額を地面にくっつける。だが彼らの歌声は心の奥まで聞こえ、不快な気分に陥った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
彼らの歌声が聞こえる中、心の中でずっと叫んでいると、次第に彼らの歌声は聞こえなくなった。
「……あれ?」
私は目線を上へと上げる。そこには誰もいなかった。
少し考えて首を捻ったが、ある考えに行き着いた。
「……まさか、私、死んだ!?」
そう思い、自分の頬をピシャリと叩く。深淵の闇が広がる森に響いた。
「痛い……」
自分の掌を見て言う。掌の下に目線を落とすと、ある違和感に頭がクラッと傾いた。
「あれ、茜?」
「さっきまで茜がいたのに……」
顎に手を添えて考える。
「そう言えば、どうして私、こんなところに来てるんだろ」
さっきまでの記憶を思い出せずにいると、頭上に何かが降ってきたのか、鈍器にぶつけられたような痛みが走る。落ちてきた物を見ると、ある紙切れがあった。
「……ひゃぁ!!」
そこにこう書かれてあった。
──何を夢を見ているんだ?
私は思わず地面を蹴り、その場を去ってしまった。